※記事作成にかかった時間が非常に長く、内容もグダグダになってしまっております。
結局何が言いたいのか自分でもよくわかんなくなるという状態に陥っていますが、
逆に読み手があちこちに意識を振り回されるうちに何かに気づく、という奇跡が起きれば幸い。
そういう願いもあるので、このグチャグチャな長文を敢えて投稿します。
敢えてまとめません。ごちゃごちゃした色々なものが、ほっといたら1つになった。
自分の中で大きな何かだったんだけど…これを文字で伝えるのは、今の私には無理だ。
というかウラで「ザナルカンドにて」聞いててグラっときてから、もう考えるのやめた。
※イイ曲だなぁこれ。
「許すことができない人間は寂しいね
人生なんて許しまくってなんぼじゃよ」
「ちびまる子ちゃん」のおばあちゃんの台詞として。
名言を集めた番組の中で紹介されていた。で、集めるだけじゃツマランということなのか
「○○ができない人間は寂しいね
人生なんて○○しまくってなんぼじゃよ」
というような穴抜けで出演者が色々な言葉を当てはめて、それに点数がつけられていた。
ボケもあれば真面目な回答もあり、60点だの94点だの色々な点数がつけられていく。
最終的に「許す」という単語が出された時、会場はそれに80点だかそれ以下の数字をつけた。
彼等は、若すぎた。
~~~~~おしながき~~~~~
・前置き(上のやつ)
・許すということ、その意味
・歩み寄るということ
・共存するということ
※…という形に分けたかったのだけど、自分の中でこれらが不可分なものとして、融合しました。
上手く言えないけど、1つに並んで串刺しになって、全部つながってしまったのです。
許すこと、強さということ、優しさというモノ、歩み寄る勇気というもの、
想いを共有するということ、そこに生まれる楽しさ。嬉しさ。
ある程度別々に考えることは出来ても、完全にバラバラになどなることは無いモノ。
※全てキレイに並んだ1つの大きな流れの一部でしかなく、どれも違うけど同じなんだ、と。
・許すということ・
「許す」という単語の意味を検索するだけでも、まあ出るわ出るわ色々な単語が。
相手の言い分などを認める、聞き入れる。
失敗などを責めない、とがめない。
相手のしたいようにさせる、まかせる。
自由を認める、物事を可能にする
(上の2つはGoサインを出す、許可する、と言い換えてもよいかと)
緊張状態をゆるめる、打ち解ける。
自分は「認める」という点に着目しました。
更にそこから派生して「ありのままを、まずは受け入れる」という考えに。
認めるだの受け入れるだのと言っても、これは相手に賛成する・Yesを言うこととは違う。
許す相手にも言い分や事情があるし、その人なりの考え方というものもある。
そういったものが存在するという事実を受け入れる、という所まででいい。
相手の話をちゃんと聞いて、理解して、その上で賛同できなければNoを突きつければいい。
最初っからしょーもない話と感じた=最後まで聞く価値も無いと判断して、突っぱねるのもアリ。
「OK君の言いたいことは分かった、理解もした、そういう考え方もあるだろう。
だが私はその考え方に賛同はできない」 これでいいのだ。
というか、許すというのは人と人が話している中にだけあるモノでもない。
自分という人間がいる。そして、だいたいそこまでカッコいいモノでもない。
良い所というのも勿論ある。が、それだけではなく悪い所もある。
理想の生き写しなどではないし、苦手なことがある、弱い部分がある。
自分以外の誰かだってそうだ。良い所も悪い所も持ち合わせている。
良い所が無さそうに見えるヤツも、自分からは見えない場所に良い部分があるかもしれない。
イイやつに見える人にも悪い所もどこかにあるかもしれない。
そして誰かのカッコよさに嫉妬しちゃうこともあるし、どうあがいても勝てない人もいる。
色々と気に入らないヤツがいたりもするし、どれだけ殴りたくても殴れないこともある。
しかもそんなイヤなヤツが何故か人気者で、ムカついてしょーがなくなることもある。
どう考えてもムカついてしょうがなくてブチ切れそうになる相手がいること、
誰から見てもダメで使えないようなヤツが何故かのうのうと日々を暮らせていること、
なんでここまで不幸が舞い込むのかと思うような日々が自分に訪れること。
周りの気に入らないアレコレが存在する、という事実においては受け入れてしまえばいい。
あるいは自分の現状がコレコレこうであるという事実、そこから目をそらさなければいい。
一見なんてことは無いコトだけど「生理的にとにかくダメ」という人や物は多いのではないか。
認めたくない事実こそ、認めなければいけないのだろう。納得するかどうかはまた別の話。
存在することそのものからは逃げない、向き合う、その上でYesやNoを言っていけばいい。
なんというか、そういうものも含めた言葉として「許す」と言うのではないだろうか。
もちろん「許す」という行為には強さが必要になってくる。
が、逆に言えば嫌いなアイツや気に入らない過去、理想とは程遠いカッコ悪い自分、
そういったものを…チョット許してやってみてはどうだろうか?
いきなりは許せない、難しいと言うのなら「条件反射で怒る」コトはやめて、見つめてみる。
まじまじと見つめてみたり、いっそ遠くから見下ろしてみたり、見渡してみたり。
色々な角度から考える、そういった所から「許す心」が生まれたならしめたものではないか。
逆行などではない。そういうところから強さが生まれるということも、ままある話。
そんなエラそーなことを言う私も非常に多くの人やモノ、環境から許されているだけでしかない。
「(自分の意思で)生きている」と同時に「(周りの意思で)生かされている」のだと思う。
後編↓へ続く
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