第二章「薔薇」 ヴォルマルフの前代未聞の窮地に突如現れ、圧倒的な強さで街を救った蒼き鱗を纏う竜は、一日にしてその存在を国中に知らしめた。
戦いの後、王はスカイが目を覚ますまで、その場で待ち続けた。
夕日が竜の影をさらに大きくする頃、スカイが重厚なまぶたをゆっくりと開けた。それに気が付いた王は、すぐさま右手を胸に当て、深々と頭を下げ感謝の意を示した。
「蒼き竜よ……! 我らの街を救ってくれたことを心から感謝する……!」
そう言った王に続き、復興作業中の兵士や街の人々もスカイに膝まづき、その後たくさんの拍手が贈られた。
魔導士たちがスカイの体を、再び魔法の鎖で拘束するようなことはなく、巨大な竜の姿に怯える人はいなかった。
スカイは首を高く上げ、辺りの囲む人々を眺め、気づいた。
「(この者たちには皆、背に羽がある…。まさか此処は竜人族の━━)」
王がスカイに見入るように語りかける。
「まるで人のような優しき瞳をもつ蒼き竜よ……。そなたからは魔物独特の気配をまるで感じない。もしも、我らの言葉が通じるならば……聞いてほしい。
そなたと共に発見された女性、ローズ・ドラクロア・オヴェリアは、我らの墓地庭園にたくさんの花と共に埋葬させてもらった……」
王は目を閉じて、まるで肉親が亡くなったかのような深い悲しみの表情を浮かべた。
スカイはその王の姿がドラクロア王と重なり、ローズが本当に命を失ったという現実を、確かに受け止めた。
震えるような孤独感に襲われる中、回りを囲む優しくあたたかい人々の視線を感じ、ふと思った。
「(━━ローズ。……まさか……君が此処に導いてくれたのか……?)」
王は半壊の街を見回し、スカイに対して両手を広げ、真剣な眼差しで問いかけた。
「蒼き竜よ……! 今日そなたが現れたのは偶然とは思えぬ! これは、身勝手な我らの願いなのはわかっている……だがもし許すのならば……、どうか此処ヴォルマルフに留まってくれぬか……!?」
スカイは頷くなどの動作反応をあえて返すことはなかった。ただその王の偽りのない澄んだ瞳を、巨眼で真っ直ぐに見つめ返していた。
ヴォルマルフの王、そして国の人々の雰囲気は、ドラクロアのそれを彷彿とさせた。
故郷を失い、行く宛も目的もないスカイは、ローズが永眠することになったこの大地を守るために生きてみようと、決意したのだった━━
街の復興と同時に、城内には竜が休息できるようにと、草花と水の流れが美しい広い庭園が用意された。
そして、城の最上部には、"蒼天の台座"と呼ばれる眺めのよい塔が建設される。
時が経つにつれ、スカイはヴォルマルフの守護竜として人々に必要とされ、そして愛される存在となっていった。
スカイは、蒼天の台座にて、浮遊大陸の変わり行く空を眺めながら一日を過ごしたり、時にはひたすら空を飛び続けたりすることもあった。
ヴォルマルフを人々を守りながらも、故郷とローズを失ったという心に空いた穴を埋められず、竜として生きていく意味を問う日々が続いていく。
スカイは眠りに落ちると、毎日夢を見た。
スクリーンに映し出される数々の思い出たち。自分の名を何度も何度も呼んでくれたあの愛しい笑顔。
しかし、夢の結末はいつも、血まみれで涙を流すローズが見せた最期の微笑みだった。安らかな夢と悪夢の狭間から目覚めると、あの時なぜ助けられなかったんだという、苦しくて逃げ出したくなる想いに駆られる。
スカイは、与えてもらった命を絶対に無駄にしてはいけないと自分に言い聞かせ、必ず毎朝ローズが眠る墓標に舞い降り、心の中で感謝を伝え続けた。
━━人から竜の姿となったスカイの体は、衰えることを知らなかった。
時代は流れていき、スカイが二〇〇年以上生き続けた頃、"長寿の竜"として人々から崇められるようになる。
子が蒼き竜のようにたくましく、長く生きるようにと、親は産まれた赤子を抱きながら、スカイのもとを訪れ、祈りを捧げた。
━━三〇〇年、四〇〇年と、時代は緩やかに移り変わっていく。
蒼き竜が魔物や空の蛮族から守り続けた国は、平和と安泰を維持したまま繁栄を続けたのだった。
そして、スカイがヴォルマルフに辿り着いたあの日から、四八〇年が経過した。
受け継がれていく命の連鎖━━
この日、新しい王女が産声をあげた。
竜人族は髪と羽が同じ色で生まれ、さらに覚醒遺伝する。親の色がそのまま子に引き継がれるのは稀である。
ヴォルマルフの王家の王女の名前には、代々継がれてきた命名方法がある。それは産まれた子の髪と羽の色にちなんだ花の名前をつけるというものだ。
この日、産まれたその子の髪色は、深く、それでいて鮮やかな赤い色だった。つけられたその名は━━
“ローズ”。
王女ローズ・ベオルブは竜人族特有である羽を持って産まれなかった。
羽は大小様々で人それぞれ形や色が異なるが、長い歴史の中で羽のない子が生まれるのは初めてのことであった。
ローズは産まれてからずっと泣き続けた。それが三日三晩を超え、さらに母乳を一滴さえも受けつけず、医師たちも困り果てていた。
王と王妃は、祈るような想いで、蒼き竜がいる庭園に泣きじゃくるローズを抱きかかえてきた。
暗い曇り空の下、王妃が竜に差し出すように赤子を掲げる。
「……蒼竜様。この子の名は……ローズ」
スカイは、はっとして体を起こし、その赤子の顔をじっとのぞきこんだ。
忘れもしない、その赤子の顔。
髪色こそ違うが、まさにそれは遥か昔に失った最愛の女性、ローズ・オヴェリアの面影があった。
赤子のローズが、泣き叫びながら竜の姿を視界に入れた時だった。声すら枯れはじめていたローズが、ぴたりと泣き止んだ。
そして、小さな小さな両手を空に伸ばし、
「アアァア」
と、初めて笑い声をあげたのだった。
明るく無邪気に笑い始めたローズの姿をみて、王と王妃は安堵の涙をこぼし、スカイの前に膝まづき深い感謝を示した。
長い年月を経過しても、丁寧に手入れされ続けたの庭園は美しいままだった。雲の隙間から一筋の光が溢れ庭園に差し込んだ。その心地よい空間の中、蒼き竜スカイは赤い髪のローズを見つめる。
ローズは母乳を勢いよく飲み、産まれてから初めて、王妃の腕の中ですやすやと微笑みながら眠りに落ちていった。
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