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『After all』(6)

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6-1

「リリ!」
 倒れたリリの許へ、ラヤ・オが駆け付けた。魔法の射程に入ったときからすでに蘇生と治癒魔法は行使している。
 かはっ、と喉に詰まった血をリリが吐き出す。
「はッ。白魔道士はしぶといね」
 肩をすくめたエンプーサが、立ち上がって杖を構えたリリに訊く。
「――いつ気付いた?」
 エンプーサを睨みながら、リリが答える。
「今、戦ってる最中ですよ……これだけ探しても見つからないのは……人の中にいるんじゃないか、って……!」
 悔しそうに語ったリリに、エンプーサが鎌同士を打ち合わせて笑った。
「そう! 最初から、ことの最初から、ボクはこいつの中に隠れていたのサ!」
 そのとき、轟音が学園の空を揺らせた。
 巨大なエイのような姿をした妖異が、学園上空に現れていた。
 それは、腹から黒い卵のようなものを無数に降らせた。卵は空中で孵化し、羽虫や環虫の姿をした妖異となって学園中に振り撒かれる。
 たちまち、学園のあちこちで悲鳴が上がる。
 殺戮が始まった。
「あははは! どうするゥ? 助けに行くゥ?」
 舌を出し嘲弄するエンプーサ。
「……元凶がここにいるんだから、あんたをぶちのめすのが先でしょ」
 歯を食いしばって、ラヤ・オが告げる。リリも同感だった。行く必要がないなどと思ってもいない。たとえ『物語』の装置に過ぎないとしても、それでも、自分たちはここで生きてきたのだ。
「セレーネ!」
 リリに突き飛ばされた後、やっと立ち上がったセレーネをリリが呼ぶ。リリが刺されたのを見てパニックになっていたのだ。
「おいで!」
 リリが手を差し伸べる。青ざめた顔でセレーネが頷く。
「うん!」
「いやぁ」
 エンプーサが喉の奥で笑った。その途端。
 セレーネの背中から、エンプーサの腕と酷似した、蟲の脚のようなモノが生えた。
「セ――」
 背中を突き破って出現したそれは、エンプーサを生やしたヘカーテの腹へと突き刺さった。
「ぅあ……っ!!」
 ヘカーテが叫ぶ。
 リリとラヤ・オがその脚を攻撃するよりも早く、セレーネの体は突然巨大な袋状になった脚のなかに捕らえられた。
「今回は最初から仕掛けをしてたんだよゥ。『ループ』スタート前に仕込めるのはソッチだけじゃなかった、ってコトさァ!」
 勝ち誇ったエンプーサがゲラゲラと笑う。
「最初にこの女が教室に登場したとき、セレーネの額を突いたろゥ? ソコで、ボクの分体を潜ませたのさァ!」
「あのとき……!」
 思い出したリリが愕然とする。気付けなかった。こんなに近くに、敵はずっと潜んでいたのだ。
 エンプーサの胸から下が、脚と同じように袋状に拡がる。そのまま、自らを生やしているヘカーテを丸ごと包み込んだ。
 セレーネを納めた脚が引き寄せられ、ヘカーテを包んだ胴と合体する。一度その姿はすべてが溶解したように崩れ――そして、再構成された。
 巨大な、長身のエレゼン男性でも届かないほどの高さと厚みを持つ、蜘蛛のそれによく似た胴体。そこから、女の上半身が生え、先ほどと同じように長大な鎌を備えた前肢。
 妖異エンプーサが、完全に実体化していた。
「ハァッハァ……! これで後は、“イレギュラー”であるオマエたちだけだヨ。じっくりイこうか、バッサリしちゃおうかァ!?」

6-2

「セレーネ!」
 リリが声を震わせて叫ぶ。
 護れなかった。護れなかった……!
 胸の痛みは、先ほどの比ではなかった。
「リリ!」
 そのとき、ラヤ・オに手を引かれなければ、リリの体は両断されていたかもしれない。エンプーサが鎌から放った魔力の斬撃が、リリをかすめて奔った。
「しっかりしなさい! ――まだやれることはある!」
 その言葉が、リリを現実に引き戻す。
「アイツを倒す。『元の世界』へアイツを出すわけにはいかないのよ!」
 目に涙を溜めながら、それでもラヤ・オは前を向いていた。炎のような決意で、妖異と対決をしようとしている。
「ラヤ・オ様……」
「ハッ! お綺麗な覚悟じゃさァ――」
 六本の肢を高速で蠢かせ、エンプーサが突進した。左右に分かれたリリとラヤ・オ、その双方を、左右それぞれの鎌が襲う。
「ボクを殺せやしないヨ!」
 辛うじて躱したリリ、回避しきれず浅く斬られるラヤ・オ。
 離れながら距離を取って、二人が魔法でエンプーサを攻撃する。――が、妖異は意に介さず叫んだ。
「疾駆せよ! “罪の茨”ァ!」
 自身を中心とした雷系範囲魔法。エンプーサから距離を取っていた二人は、唯一の安全地帯であるエンプーサの周囲までは辿り着けない。
「あっ……!」
 ダメージに加え、バインドと麻痺が付与される。
「ハッハァー!」
 勝ち誇った歓声と共に、エンプーサがラヤ・オに突進する。鎌の斬撃。ラヤ・オ自身が迅速魔で唱えたエスナと、リリが同じく迅速魔を使い唱えたエスナがラヤ・オに届き、彼女は斬撃の暴風から離脱する。
 だが。
「食らいつけ! “餓獣霊”ィ!」
 突進前にエンプーサの腹から生み出された、人の頭ほどの黒い球体。それはエンプーサがラヤ・オに突進した後もその場に残った。赤い電撃を纏い、牙持つ口のような裂け目をもつ球体が、リリへと突進する。
「まずい!」
 ふたりの唱えるエスナよりも迅く、球体はリリに当たる。
「……!!」
 激しい雷が彼女を襲い、意識が一瞬絶たれる。それほどの攻撃だった。すかさず飛んでくるラヤ・オの回復魔法で意識を繋ぎ、エスナを再度詠唱。バインドを解除。
「本当に生き汚いなァ!」
 突進しながら、エンプーサが魔力の斬撃を放つ。躱そうとしたリリの身体が縫われる。麻痺はまだ解除できていないのだ。
「リリ!」
 斬撃が到達する寸前、麻痺の硬直が解けた。全力で回避を試みるが、間に合わない。
「あぐっ……!」
 右腕が、二の腕の半ばで切り落とされた。
「あはは! 全部落としてやろうかァ?」
 直後の本体の斬撃。激痛をこらえながら、リリは横っ飛びに大きく躱した。
 痛い。死ぬほど痛い。
 でも。
 セレーネは、ここで殺された。
 この夢の世界で、何度も、何度も殺された。
 それでも。
 彼女は、この妖異を繋ぎ留め続けた。
 それに比べれば。
「こんな――程度で」
 熱い吐息と共に、衝動が口を吐いた。
「諦めてなんか、いられるか!!!!」
 そのとき。
 白い光が、リリのごく近くで発生した。
「え?」
 最初小さい光は、あっという間に激しい光の奔流となってリリを包んだ。
「な……んだァ!?」
 驚愕するエンプーサの足元で、切り落とされたリリの腕が消えた。そして、リリの右腕切断面に光が集中する。まるで、光に包まれた腕がそこから生えたように。
 その光の手のなかに。

 ソウルクリスタルが出現していた。
 
「これ……」
 見覚えがある。たった一度だけ見ただけなのに、それをどこで見たかはっきりと思い出せる。
 遺跡で見たソウルクリスタル。
 セレーネの、ソウルクリスタルだ。
「何ぼーっとしてんの!」
 ラヤ・オが叫んだ。
 その顔は確信と自信に満ちていた。こちらを見たリリに、大きく頷く。
「あんたは認められたのよ。そのソウルクリスタルに!」
 認められた。
 もう一度白い光を放つそれを見る。
 熱い。
 焼けるような熱さの先に、リリは、セレーネを感じた。
「なんだァ……? 何を言っている!?」
 エンプーサが狼狽えた。ラヤ・オの言葉の意味は掴めないが、アレが危険な代物であることは分かる。
「やるわよ、リリ」
 エンプーサに攻撃魔法を浴びせながら、ラヤ・オが力強く言った。
「略式だけど、戦闘しながらだけど! 『グリダニアの幻術皇』にして『アムダプールの国家公認白魔道士』が見届けるんだから、何の問題も無いでしょ!」
 不敵に笑う。
「やるわよ! 継承の儀を!」
 型破りで滅茶苦茶だ。だけど、ラヤ・オらしい提案だ。
 思わずつられて笑顔になりながら、リリが返答した。
「はい!」

6-3

「なにを……バカな!」
 斬撃を放つエンプーサから離れながら、ラヤ・オが宣言する。

「光の意志を宿し、星の願いを叶える者、汝、白魔道士! その名を告げよ!」

 ラヤ・オの反対側に位置して攻撃魔法を唱えたリリが返答する。

「我が名はリリ・ミュトラ! 森の恵みと古都の思慮、二つに恵まれし者!」

 誇ろう。
 今までの自分を、ここで学んだ自分を。

「汝は誓うか、世界を鎮めるものの責務を負うことを!」

 エンプーサ中心の範囲魔法。足元へ回避しながら、ラヤ・オと場所を入れ替える。

「誓います!」

 赤黒い雷を纏った雷球がいくつも出現する。研ぎ澄まされた精神で、残らず躱す。

「汝は誓うか、命の、魂の救済にその人生を捧げると!」

 絶叫と共にエンプーサが全体範囲魔法を唱える。唱えきる前に、迎撃のホーリーがその動きを縫い留める。
 白光を放つソウルクリスタルを掲げながら、リリは叫んだ。

「誓います――!」

 その瞬間、この場所一帯を埋め尽くすほどの白光の奔流がソウルクリスタルから放たれた。
「クソがァアアァッ!」
 悪態を吐いて下がるエンプーサ、だがその後退は途中で止まる。体が言うことを聞かない。
「なん……!?」
 光が晴れる。
 そこには、エンプーサの知らない二人の女性がいた。
 首のあたりで亜麻色の髪を切り揃えたミコッテと、二つの角を生やした、赤毛のヒューラン。
 『元の世界』の姿の、リリとラヤ・オだ。
「リリ」
「はい!」
 リリがソウルクリスタルを強く握り、祈りを捧げる。クリスタルの輝きが増す度に、エンプーサの体は輪郭が曖昧になり、そして――赤黒い霧へと分解された。
「なんだぁああァ!?」
 いきなり実体を崩されたエンプーサは、霧となった自分の中からセレーネとヘカーテが実体化して落ちていくのを見た。
「はァ!?」
 どうなってる。なんでそんなことになる!? 狼狽しつつ、しかしエンプーサには体を再構成させるしか為す術がない。
「セレーネ!」
 『救出』で引っ張ってくるなり、リリはセレーネを力いっぱい抱き締めた。セレーネもまた、抱擁でそれに応える。
 ラヤ・オは、しゃがんだままのヘカーテに手を差し出した。
「貸しよ?」
 そっぽを向いたまま、ラヤ・オが言う。思わず笑ったヘカーテは、素直にその手を掴んだ。
「ん、借りとく。――私たちも、あれ、やる?」
 抱き合うリリとセレーネを親指で指す。
「しないわよ!」
 ラヤ・オが真っ赤になって否定する。花が咲いたように、ヘカーテが笑った。
「ふざけ……やがってェ……!」
 再構成を終えたエンプーサが毒づく。人型で肩から鎌を持った前肢を生やした、四本腕の妖異だ。
 じろりと睨んだラヤ・オが、倍する激しさで応酬した。
「はぁ? こっちの台詞よクソ妖異。あたしの大切なものを壊そうとした罪は万死に値するわ。エーテルの欠片さえ残さず消してやる」
 その手に魔力を宿す。全身から、燃えるようにエーテルが吹き上がった。
「あーあ。怒らせちゃった。しーらない! あんたとは長い長い付き合いだけど、まさか最後がボロ負けになるとはね。ははは。ざまみろ」
 軽口を叩きながら、ヘカーテもまたエーテルを纏う。静かで、そして圧倒的な密度だ。
「あんたたちも言ってやんなさいよ!」
 ラヤ・オがリリとセレーネをけしかける。ヘカーテがそれはどうなの、と苦笑した。
 セレーネは。
 泣き顔のまま、リリと手を繋いでじっとエンプーサを見ていた。ややあってから口を開く。
「私は、あなたに感謝するよ。死の……消滅の前に、大事な大事な友達と出会うきっかけをくれてありがとう。それだけは、それだけは本当だよ」
 強く握られた手の熱さと震えを意識しながら、リリが継いだ。
「わたしも、そのことにだけは礼を言います、エンプーサ。――でも、あなたはもう終わりです」
 二人の繋いだ手から白い光が溢れる。エーテルが、儚く透明な幻光となって二人を包んだ。
「あなたは、人を舐め過ぎた。人の想いが紡ぐ、絆の力を見誤った」
 リリの言葉に、エンプーサが嘲りの表情と共に赤黒い魔力を宿す。
「信じられませんか? では見せてあげましょう」
 四人の魔力が高まった。連結された四人の白魔道士の魔力は、世界の在り方を変えた。『夢の世界』を構成していたマナが変容し、封鎖結界を創り出した。
 淡い光で作られた床と、夜が黎明に至らんとする美しい濃紺の空。
 見渡して、エンプーサが呻く。逃げられはしないだろう。
 こうなれば、すべての力を以て戦うしかない。
 現世へ出現した途端に存在が崩壊するかもしれないが、それでも。
 ここで抗わなければ、夢魔の名が廃る。
「何が……絆だ! 信じたつもりで裏切られ、愛したと錯覚して憎しみに囚われ恨み叫ぶ! それが人間なんだよ!」
 叫びながら、フィールドから魔力を強引に奪いとる。
「瀕死のお前たちのがどんな命乞いをするか、確かめてやんよォ!!!」
 マナもオドも全力を絞り切り、破壊の魔力を生み出す。巨大な、都市エーテライトほどの黒く歪なクリスタルが出現する。
「“世界”の崩壊する声を聴けェ! ヴォイド・ファウル!」
 黒い水晶の自壊と共に、圧倒的な破壊の魔力が生み出される。――が。

「サンクティファイド・イレース」

 既に詠唱を完了していたラヤ・オが、魔法の名を告げた。
 破壊の魔力が、その周囲に展開した白い光の網に接触すると同時に消失していく。
 エーテル変容を無効化し、どの属性にも偏らない――つまり、何の変化もしていない状態――へと戻してしまう、究極の防御魔法。
「は……?」
 事態が呑み込めないエンプーサの周囲を、輝く結界が取り囲んだ。地面も含め、すべてを覆った光の結界は、舌打ちと共に放ったエンプーサの斬撃でもびくともしない。
「ふたりとも、用意はいい?」
「「はい」」
 微笑んで問うたヘカーテに、リリとセレーネは同時に答えた。
 周囲を駆け抜ける白い魔力光を、エンプーサ目掛け放つ。
 二人同時に叫んだ。
「「グレア!」」
 光はヘカーテの張った結界を一度はすり抜け、そして二度目はすり抜けず、反射した。
 リリとセレーネの放ったグレアは、消失も減衰せず、光の結界によって何度も反射し、何度もエンプーサを撃った。
「があああああッ!!!!」
「リフレク」
 ぽつりとヘカーテが言う。そのあとに、おどけてウィンクをした。
「地味な魔法でごめんね」
「よく言うわ。同時に五十枚張るとかえぐ過ぎ」
 呆れてラヤ・オが肩をすくめる。本来はタワーシールドほどの大きさのリフレクを、何枚も重ねて光の結界にしたのだ。
「うがあ……ッ!!!」
 リフレクが消失する。
 ボロボロになって崩れ落ちたエンプーサの視界に、
「じゃあ、とどめね」

 星のような、無数の魔力の光が映った。

「待って……! 分かってるのか!? ここが消えたら、もう会えないんだぞ!? このまま! ここで! 四人で楽しく……」
「何言ってんの?」
 その言葉を遮り、ラヤ・オが右手を上げる。
「あんたにはわかんないかもね」
 眼を閉じ、ヘカーテが右手を上げる。
「私たちは」
 顔を振り涙を振り切って、セレーネが右手を上げる。
「もう、一緒だから」
 凛とした決意の顔で、リリが右手を上げる。
「待って……消えたくない……ボクは!!!!! 消えたくない!!!!!」
 その命乞いは届くことなく。掲げた右手に宿った白い輝きが、炸裂し、それを合図として。
 
「「「「サンクティファイド・グレア!」」」」

 星のきらめきが、豪雨のようにエンプーサに降り注いだ。
「――――!!!!!」
 あっけないほどに、妖異はその魂までもが打ち砕かれた。
 煌めきはそれだけにとどまらず、さらに乱舞してこの世界を破壊していく。
 聖堂が、講師棟が、教室が消えていく。
「さようなら。――さようなら! 私たちのアイ・ハヌム……!」
 セレーネが叫ぶ。
 それを最後に、疑似世界アイ・ハヌムは崩壊した。

6-4

「あー…… やっと死ねる」
 大きく伸びをして、ヘカーテが笑う。
 淡い色をした、『世界の裏側』とも違う、茫漠とした世界。しかし全員が分かっていた。これは『元の世界』への帰路であり、到着したなら、すでに死亡している『セレーネ・デュカキス』の魂は母なる星に還るのだと。
「そういう言い方しないでよう……」
 セレーネがべそをかきながら言う。
「おんなじ魂なのにね」
 リリが微笑みながらセレーネの涙を指で拭う。ラヤ・オが肩をすくめた。
「どこで汚れたのか……」
「おおむねあんたと一緒にいたからだね」
「何言ってんだか!」
 感極まったセレーネが、リリに抱き着いて泣いている。
「……やっぱり、私たちもあれ、やる?」
「やりたいならやりたいって言いなさいよ。その口で」
 ははは、と笑ったヘカーテが、不意に改まって親友の名を呼んだ。
「ラヤ・オ」
「ん?」
 そちらを向いたラヤ・オの唇を、ヘカーテが一瞬だけ塞いだ。触れるような、粉雪のような淡いキス。
「……!」
「よし、悔いなし!」
「おま……」
 抗議しようとしたラヤ・オは、けれど赤い顔のまま口を何度か開いて、それからうつむいた。
「ま、いいか」
「許してくれる?」
 背中を向けたまま、ヘカーテが問う。その背に自分の背を預けて、ラヤ・オは言った。全身全霊を傾けて、泣かないようにした。
「許してやるから、二回目をしにきなさいよ。何十年かかってもいいから」

「……リリ」
「うん」
 抱き合ったまま、涙で震える声でセレーネが言う。
「リリの旦那さんって、どんな人?」
 優しく微笑んだリリが、セレーネの頭を撫でる。
「名前は、メイナード。ミッドランダーの中では背が高い方で、赤い髪。無鉄砲で勢い任せでがさつで鈍感だけど、熱血漢で努力家で胆力があって面倒見がいい! とっても素敵な旦那様だよ」
「そっか」
「うん」
「……子供、作る?」
「へ!?」
 予想外の質問にリリは驚いたが、セレーネは割と真剣な顔だ。
「……種族が違うから、同種族より遥かに生まれにくいけど。そのうち欲しいな、って思ってるよ」
 正直に答えると、セレーネは大きく頷いた。
「がんばる」
「……なにを?」
「リリのところに生まれてみせる……!」
「どうやって」
「……がんばる!」
 自分でも無茶苦茶を言っていることは分かっているのだろう、気持ちだけしかないセレーネの台詞に、リリはとうとう大笑いしてしまった。
「わかったわかった。待ってるよ。……言葉が喋れるようになったら、アイ・ハヌムの話をして。そしたら信じるよ」
「……がんばる」
 二人で笑い合う。それから、何の話をしようということになり――。
 
 淡い光が、徐々に強くなってくる。
 もうそろそろ終わりだ。
 四人は手を結んで輪になると、ひとつの文章を暗唱した。
 アイ・ハヌムの門に掲げられた、古い詩。

「子供のころは、学びを専らとし」

「若いころは、感情の手綱を操るを学べ」

「長じては、正しきを示し」

「老いては、よき助言を人々に与よ。さすれば――」


「死に際して、後悔はない」


6-5

 それからのことは、あまりに忙しく、まともに振り返ることもできなかった。

 リリとラヤ・オは遺跡の地下に突然現れ、監視していた道士ウルフューに保護された。
 二人とも装備はおろか衣服も失っており、その後に到着したエーテル学のエキスパートである『暁の血盟』の賢人曰く、エーテル流の中から救出された人間と同じような現象であるという。

 白魔道士の証であるソウルクリスタルだけは、リリの手に握られていた。
 その後正式に裁可が下され、リリは名実ともに白魔道士を名乗ることが許された。
 もっとも、あの世界で行使したような力は使えない。ラヤ・オからは、「あれはいわば、あたしたちの目指すべき場所を先に見せてもらったようなものね」との解説があった。

 アイ・ハヌムの遺跡は、現在も一般人の立ち入りが禁じられたまま、調査を行っている。
 地下にある謎の装置。それが、どうやらセレーネのソウルクリスタルと繋がり、ループする疑似世界を造り上げていたものらしい。
 二人が帰還した後、装置は稼働を停止したという。
 部屋に残されていた転送装置から、それがアムダプールの教派『純潔派』の内陣者でしか入ることができない部屋にあったことがわかった。
  
 リリとラヤ・オがアイ・ハヌムへと行っている間に、グリダニアはドラゴン族の襲撃を受けていた。その戦後処理も重なって、リリもメイナードも忙しかった。
 その最中にメイナードは竜騎士になることになって、白魔道士になったリリともども更に多忙な日々を過ごした。

 そして。
 
「あー…… 長かったな」
 グリダニアからウルダハへ向かう飛空艇の甲板で、メイナードは首を回した。
 仲間たちのところに戻る日が来たのだ。
「色々あったね」
 傍らのリリも同意して、伸びをする。結局、ゆっくりと故郷を満喫したのではなく、否が応でも故郷に深く関わって忙殺された数か月であったので、
「しばらく行かなくてもいいな」
 という感慨であった。リリも苦笑し、否定はしない。
「……」
「……」
 しばらく、二人は無言で空を見つめた。
 それぞれに、経てきた出会いと別れがある。
 思いを馳せ、悼む。そんな無言の時間だった。
 乗客は二人以外、大きな荷物を抱えたウルダハ商人らしきララフェルとその使用人たちくらいで、彼らは船尾側で荷物と一緒に過ごしている。
「……ね」
「あん?」
 リリがメイナードを見上げながら、腕を引く。
 いつもの内緒話をするときの仕草に、ごく自然にメイナードは体を傾け耳を近づけた。
「色々片付いたら」
「おう」
「――――――な」
 愛情をこめて囁かれたその言葉に、メイナードは目を丸くした。が、すぐに微笑みを浮かべると、彼女の顔を見つめた。
「ああ。片付いたらな」
「うん!」
 軽く口づけを交わす。
 抱き合う二人に、砂の匂いが届けられた。
 
 砂都ウルダハは、もう間近だった。

『After all』完


次回作から、『黒と蒼』と同じ時間軸の、『Mon étoile』第二部四章シリーズが始まります。

まずはメイナード編、『Light My Fire』。竜と人、意地とプライドの物語です。お楽しみに。
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