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『Mon étoile』(3)前

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3-1

 ウルダハに帰還してからの日々は、飛ぶように過ぎていった。
 ヤヤカは持ち帰った採集物の調査をしながら、講師として、あるいは錬金術師として働いた。
 昼間をそうした仕事に費やし、自身の研究室で夜更けから研究をする。気が付けば夜が明けていたことも珍しくはない。
 もとより、親元を離れ一人暮らしをしているヤヤカには、部屋で待つ者はいない。どこで寝起きしようが、とりあえずの身だしなみさえ整えられれば委細は問わない。そんなヤヤカだから、必然的に借りている部屋は一時的な荷物置き場と化し、研究室が寝起きの場所になっていった。

「……ちょっと酷いわ……自業自得だけれど……」
 久しぶりに帰った自室で、ヤヤカは大きく溜息をついた。
 完全にゴミ置き場だ。
 そもそも、自室に置いていた資料本を取りに来たのだが、これでは本どころではなかった。
 暗澹たる気持ちだが、やるしかいない。ヤヤカはのろのろと部屋の片づけを始めた。外は久しぶりの雨。細かな霧雨だった。乾燥したウルダハの空気が、ひとときの潤いを得て、開け放した窓から柔らかい風を運んでくる。
「……ヤフェームはもっと湿気ってたな」
 呟きとともに、思い出す。
 あの湿地の空気。曇天。そして――冒険者たち。
 頼もしいメイナード、優しく明るいリリ、無口だけど自分を気にしてくれていたノノノ。
 それから。

――お待ちしていますよ。ヤヤカ・ヤカ。

 テオドールの声が、自分でもびっくりするくらい明瞭に甦ってきた。
 綺麗な青い瞳。柔らかな微笑。
「会いたいな……」
 ぽつりと出た言葉に自分で驚く。
 何を言っているのか。彼は冒険者で、エレゼンで、わたしはその依頼者で、ララフェルで、つまりそんな間柄ではないはずで。
 慌てて首を振る。そうすれば自分の飛躍した考えが消えていくとでもいうように。
 けれど――鏡に映る自分の顔は耳まで真っ赤だった。

 二回目の現地調査の機会は、思ったよりも早く訪れた。
 ヤヤカの教える生徒の親が、スポンサーを名乗り出てくれたのだ。
 生徒の父親は、かつてブライトリリー家に奉公し、そして独立して事業をしている商人だった。彼はヤヤカの父に非常に恩義を感じており、ヤヤカのことを知り、力になりたいと申し出てくれたのだった。
 その申し出を、ヤヤカは有り難く受けた。 
 ただし。
 ヤヤカは彼に両親の現状を語らなかった。語りたくなかったし、かつての父のことを尊敬している人には語れなかった。
 しかし、後から思うに、彼は恐らくヤヤカの両親が今どうしているかを知っていたのだろう。ブライトリリーは大商人で知られていた。それが霊災で打撃を受けたことも、商人なら知っているはずだ。
 今は土地を売り払い遊び暮していることも。
 その上で、ヤヤカの支援を彼は申し出てくれた。それが商人としての利を見据えた投資なのか、慈善事業なのかはわからない。ヤヤカはただ結果的に選ばれたことを受け入れるだけだ。選ぶ余裕など、ありはしないのだから。

「…………」
 クイックサンドのテーブルで、ヤヤカは何度も周囲を見回した。
「半日も先に来たのは貴方よ、ヤヤカ」
 みかねたモモディが、給仕がてらヤヤカのテーブルまで来て言った。
「だっ、だって…!」
 ヤヤカはまずモモディに連絡を入れ、冒険者たちへの依頼を仲介してもらった。有難いことに、彼等はヤヤカの依頼を最優先してくれるという。それだけではなく、モモディが連絡した翌日に、彼等から今日にでも北ザナラーンから帰還すると連絡があったのだ。
 居ても立っても居られず、慌てて予定をすべてキャンセルしてクイックサンドへ駆けつけた。冒険者たちは今日の夕刻に着くというのに、昼前からクイックサンドのテーブルに陣取り、所在なさげにきょろきょろしたり、持参した(とっく頭に入っている)資料を読んだり、赤面したり、首を振ったりを延々と繰り返していたのだった。
「気持ちは分からないではないけど、もう少し落ち着きなさいな」
 言いながら、モモディが杯をテーブルに置く。よく冷えたロランベリーラッシーだ。甘酸っぱいが不思議と喉越しは爽やかで、ヤヤカは一口で気に入ってしまった。
「……おいしい」
「お口に合って何より。少しは頭が冷えたかしら?」
「……うん」
 神妙に頷くヤヤカを見て、モモディは小さく笑った。肩をすくめると、カウンターに引き返していく。
「少し前にフェスカ展望台のあたりだと言っていたから、もうすぐなのではないかしら」
「え……!」
 不意打ちで新情報を告げられ、ヤヤカは慌てた。フェスカ展望台。中央ザナラーンの、ナル大門から出てすぐ見える場所にある高台だ。近くにはフェスカ冒険者キャンプという、比較的若い冒険者たちが集まる訓練場もある。
 フェスカなら、本当にすぐではないか。早い。早すぎる。あれほど待ちわびたのに、いざその時となると落ち着かない。心の準備ができていない。焦りすぎて混乱したヤヤカは、やや涙目になりながら小声で独り言を呟き始めた。
「なによもう早く来るなら来るって言いなさいよ! 遅い! わたしがどれだけ待ったと……勝手に待ってたのわたしだけど……そもそもモモディには連絡されてるって何? どういうこと?」
「冒険者ギルド用のリンクシェルなのですが……」
「リンクシェル! そうよそれくらい渡してくれたって……ううん、そんな間柄じゃ無かったわ……」
「それは……失礼。もっと早くにお渡しすればよかったです」
「え……?」
 顔を上げたヤヤカの視界に。
「お久しぶりです。ヤヤカさん」
 テオドール・ダルシアクの優しい微笑があった。
「……!」
 ブルーグレイの瞳が、細められてこちらを見ている。会いたいと思っていた人が、目の前にいる。
 あれだけ。
 会ったら話そうと思っていたことがあったのに。
 何も出てこなかった。
 それどころか、挨拶さえできない。
 ああ。
 わたしは――
「おう! 待たせたな!」
 よく通る声が喧騒を割る。メイナードを先頭に、リリとノノノも姿を見せていた。
「みんな……!」
 三人がヤヤカのいるテーブルまで来たところで、テオドールが言った。
「改めまして。お久しぶりです、ヤヤカさん。そして、私たちをお呼びいただき、ありがとうございます」
 一礼するテオドールを見て、自分が座ったままだとようやく気付く。ヤヤカは慌てて椅子から降りると、
「こちらこそ……また、みんなの力を借りたいの。なので……よろしくおねがいします……!」
 皆の顔を見て、はっきりと告げた。
「任せろ!」
「はい、よろしくお願いしますね、ヤヤカさん!」
「よろ」
 三者三様の応えと。
 微笑みながら跪いたテオドールの差し出された手。
「よろしくお願いします。ヤヤカ・ヤカ」
 その手を、握り返す。精一杯の自制をしながら。
「…………こちらこそ。頼りにしています、テオドール・ダルシアク」
 大きくて傷だらけの手。その手のぬくもりが、頼もしく、そして――愛おしかった。

 今回は、計画の段階からテオドールたち冒険者の意見を取り入れての立案となった。
 前回見つけた安全地帯をキャンプ地として整備し、周囲を探索、及び中央部へのルートを模索する。それが今回の目標だ。このうち、キャンプ地の整備は確実に達成するべき目標であり、かつこの分野に疎いヤヤカだけでは計画が立てられない箇所であった。
 実際、『現地調達できそうなものは現地でまかない、その分、船の貨物スペースを持込めなさそうな物資に充てる』ことなど、ヤヤカ一人では思いつかないことだった。
 (その話の過程で、ヤヤカは冒険者たちが職人や収集者の技能を修めていることを知った)
 前回の探索中に、彼らはすでにそれを見据えた下見を行っていてくれたのだ。改めて、ヤヤカは彼らの見識に感心した。
 話し合いは夜遅くまで続けられた。研究や執筆で興が乗ると二日程度の徹夜は平気なヤヤカだったが、今日に限っては集中力が保てなかった。普段と違う環境で、多人数での共同作業にさほど慣れていないせいもあったろう。
 ヤヤカが疲れていることをノノノが目ざとく見つけ、立案作業は翌日へ持ち越しとなった。

 クイックサンドは宿屋『砂時計亭』のロビーでもある。冒険者たちはそのまま宿屋に引き上げるとのことで、ヤヤカは一人で帰宅しようとしたのだが、
「お送りしますよ」
 テオドールが言った。
「えっでも……あなたも疲れてるでしょう?」
 予想外の一言にヤヤカは慌てて反論したが、テオドールは首を横に振った。
「このところの政情不穏はご存知でしょう。ウルダハ都市内とはいえ安全ではない。時間が時間ですので……信が置けないというのであれば、離れて護衛し、貴方が帰れと告げた場所で帰ります」
「そんな訳ない!」
 勢いよく反論してしまってから、ヤヤカは自分で自分の勢いに驚いた。言葉の強さにテオドールも目を丸くしている。恥ずかしくなったヤヤカは、テオドールから視線を外して釈明した。
「あなたを信用していないなら……ヤフェームまで来てもらおうなんて……思いません。ただ……分不相応だ、って思っただけで」
「それを言うなら、分をわきまえるのは私のほうですよ、ヤヤカさん。私はただの自由騎士、冒険者に過ぎないのですから」
「でも……」
「あー鬱陶しい! とにかく行け! 嬢ちゃんは黙って送られろ! テメーもグダグダ言わねえで引っ張ってけ!」
 あきれたメイナードが怒鳴り、二人は文字通り背中を押されてクイックサンドを追い出された。
「――また明日な」
 メイナードはヤヤカを見ながら酒場の扉を閉める。あっという間に締め出されて呆然とするヤヤカに、苦笑したテオドールが声をかけた。
「行きましょうか」
「……うん」
 ヤヤカはテオドールと並んで歩きだした。サファイアアベニューの自宅へ向かう。
 商都の顔――サファイアアベニュー国際市場の賑わいは、夜になってもさほど変わらない。いくつもの灯りに照らされた通りを、市民、商人、観光客、そして冒険者が歩いている。さすがに互いを見失うほどの混雑ではないので、二人は並んだまま通りを行く。
 ここでの暮らしが長いヤヤカはともかく、テオドールも慣れた歩き方だ。物珍しそうな目で市場を眺めてはいない。
「ウルダハは――長いの?」
「ええ。今のメンバーと出会ったのもウルダハですし、私たちのフリーカンパニーは不滅隊に所属しています」
 そういえば彼らと最初に会った時、メイナードが不滅隊の将校の名を出していたような気がする。
「じゃあ、この辺りは慣れたものよね」
「そうですね。第二の故郷になりつつあります」
 第二の故郷。ふと疑問を覚えて、ヤヤカはテオドールを見上げて訊いた。
「本当の故郷は、グリアニア?」
 エレゼンの多くはグリダニアの出身だ。無論、例外はある。特に第七霊災以降、人として括られる五族――ヒューラン、エレゼン、ミコッテ、ララフェル、ルガディンは、三国のどこに住んでいても訝しがられることはほぼなくなってきた。東方に多く住むというアウラ族だけはその限りではなく、ごくごく少数の者――大抵は冒険者――を見かけるくらいだ。
 ゆえにヤヤカも、確認ではなく質問をしたのだが。
 テオドールは首を振って答えた。
「――いえ。私は、イシュガルド出身なのです」
「イシュガルド!?」
 驚いたヤヤカに頷きながら、テオドールはどこか寂しそうな笑みを見せた。
 イシュガルドは現在、クルザス中央高地のドラゴンヘッドとその周辺拠点以外への他国人の入国を禁じている。同時にイシュガルド人を三国で見ることも稀だ。そんな状況で、テオドールはどうやってウルダハに来て、しかも冒険者になったのか。
「そ――」
 勢いで問おうとして、ヤヤカは口をつぐんだ。彼が見せた寂しそうな笑みは、何か重大な事情を秘めているのではないだろうか。そんなことを、うかつに訊いていいのか。
 尋ねることで――
 嫌われないだろうか?
「私は五年前、第七霊災のさなかにイシュガルドを出ました。それ以来、皇都へは一度も帰っていません」
 テオドールが喋り始めたので、ヤヤカは驚いた。前を向いた彼は、自嘲気味に笑った。
「若かったのです。――三国に比べれば、皇都は霊災の被害を受けてはいない。それなのに、救援の手も差し伸べずに門戸を閉ざすとは何事だ、と。義憤に満ちていました」
「……でも、クルザスも霊災の被害は受けたでしょう? 酷い寒冷化が起きていると聞くわ」
「ええ。今なら分かります。私には四つ上の姉がいます。その姉からたまに便りが送られてくるので、皇都周辺の状態は知っています。
 しかし、その時の私には、それはちゃんと見えていなかったのです。エオルゼアの危機に見て見ぬふりをする姑息な大人たち、と決めつけてかかり、制止も聞かずに飛び出した」
「それで……ウルダハに?」
「いえ。最初はグリダニアでした。そこで私は、厳しい現実と――己の無力さを思い知ることになるのです」
 それは、と言いかけて、ヤヤカは自分がザル大門近くの、自宅の前へ到着してしまったことに気付いた。
「あ……」
「着きましたね。――この話は、いずれ。お嫌でなけれ」
「嫌じゃないから!」
 テオドールの声を遮ってから、ヤヤカは自分が大きな声を出したことに気付いて恥ずかしくなった。さっきと同じだ。どうして、この人のことになると、自制が効かないんだろう。
「――はい。では、またお時間のある時にでも」
「……うん」
 頷くヤヤカへ、テオドールは小さな珠を差し出した。
「ヤヤカさん、これを」
 それがリンクパールだと気付くのに、少し時間がかかった。
「……あ!」
「探索中の連絡手段として有用だろうと用意したものですが、一足先にお渡ししておきます。よろしいですか?」
 昼間の会話を思い出し、ヤヤカは恥ずかしさで言葉を失いうつむいた。そうだ。手前勝手な独り言を聴かれてしまったのだ。
 恐る恐る顔を上げると、テオドールはいつものように優しい微笑を向けてくれていた。
 ……こんなの。
 断れるはずがないじゃない……。
 心の中で呟いて、ヤヤカは手を差し出す。
「……ありがとう」
 もごもごと口の中で謝辞を告げる。告げた瞬間、ヤヤカは自分の態度を後悔した。どうしてもっと大きい声で言えないのか。笑顔を向けられないのか。
 ヤヤカが受け取ったのを確認すると、テオドールは言った。
「どういたしまして。パーティ全員が所有しているので、誰かには繋がると思います。用があれば、いつでも仰ってください」
 ヤヤカはぎこちなく頷く。テオドールはくすりと笑うと、優雅に一礼した。
「それでは、お休みなさいませ。よい夜を、ヤヤカ・ヤカ」
「……あなたもね。お休みなさい、テオドール・ダルシアク」
 昔取った杵柄で、上流階級の子女らしい一礼をしたつもりだった。できていたかどうかは分からない。
 踵を返し、自宅のアパルトメントの階段を登る。ふと振り返ると、テオドールがまだこちらを見ていた。
 自室に入る。通りに面した窓を開けると、フォレスターの長身が去っていくのが見えた。
 それを、ヤヤカはずっと見ていた。彼の姿が見えなくなるまで、ずっと。

(3章中編へ続く) 
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