途中で放り出していたピクトマンサーの90ストーリー
メンテ明けはこれ!って決めてて攻略しました!
ピクトマンサーってその可愛い姿から想像するに
コミカルな動きとか愛嬌のある姿なんかについ目を奪われてしまいます
でもこのジョブに込められた思いっていうか
このジョブを通して伝えられている気持ちというのは
ちょっと形が異なる可愛いだけではない
ゲームをする上での大事な鍵のような気がします
このストーリーでテーマになっているフレーズは
イマジナリーフレンド(想像上の友人)という言葉なのだろうと想像します
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さて
私たちはゲームの中で遊ぶそれぞれが一人の冒険者です
ゲームを続けるうちに様々な他のプレイヤーと出会い
経験し共感したりします
それは実際の生活はなんにも関係のない繋がりです
ゲームの中でだけ成り立つ繋がりと行ってもいいかもしれません
そうでありながら、ここである問題と直面します
仮にイマジナリーフレンドであったとしても
その向こうには実体としての存在があるということです
しかし今はそれは大きな問題にはならないかもしれません
なぜなら、私たちはあるルールに基づいて、創造された世界と契約し
エオルゼアにいることを許されているからです
だから、ここでそれぞれの性格や行動規範などは大きな問題とはなりえないと考えます
私たちは自由でありながらも作られた世界に作られたキャラクターとして立っているのですから
さて、話を戻します
クポポとベルルの関係はそういう作り手と遊ぶ側との関係に重なるのではないかと思います
クポポは想像上の生物です、そしてベルルもゲームをする側から見れば
作り手側と言える創造するピクトマンサーです
これにプレイヤーと運営を置き換えれば、クポポ(私たち)とベルル(創造する側)は
それぞれの関係を象徴する存在であるといえるのではないかと思います
そしてゲームの中で私たちはそれぞれが、
イマジナリーフレンドとして繋がっていて
時に乗り越え時に笑い、時に一緒に悲しんだりしています
私たちは誰もが冒険者であり友人ともいえます
さて、クポポの残した言葉の中に
「つらいを塗りつぶすのがピクトマンサーではない」
というものがあります
私たちは楽しいを求めてこの世界へやってきました
そしてイマジナリーフレンドを得て冒険を続けています
そこにはベルルとクポポの旅のように乗り越えがたい壁があったり、
時に諦めざるを得ないほどの環境に陥ったりすることもあります
でもきっとこの世界を創造した人もまた苦しみながらも楽しいを求めてこの世界を創っています
だからこの世界は両者がお互いの楽しいを求めて創造された世界といえるのです
クポポとベルルの冒険は、師匠と親友を失っても尚歩もうと旅路にでる
ベルルの後ろ姿で終わっています
それは作り手の新しい世界への挑戦の表れかもしれません
改めてそこに気づいたとき、全ての乗り越えがたいと思われる
関係や先々で現れる壁は壁ではなくなります
さらに世界を広げるための扉であるのではないかと辿り着けます
所謂「壁」は各冒険者に共通の問題として私たちに与えられた世界に直立するものであって
この壁を否定しては冒険者としての役割も否定することになってしまいます
壁とは乗り越える為に存在しており、乗り越えた先にはまた世界が拡がり
この繰り返しこそがまさにエオルゼアそのものではないでしょうか
ピクトマンサーの物語はエオルゼアの創造物語であり
ivの大きなテーマの柱の一つである、そういえるのではないかと考えます
そんなことをピクトマンサーのクエストを通して考えてました
プレイヤーそれぞれに色々お言葉はあると思います
感想、ご意見はコメント欄へお寄せ下さい!
誠意をもってお応えしたく思います!
暑い夜長に涼しいお話というわけにはいかなかったと思いますが
ここまで読んでいただきありがとうございます!^^
またエオルゼアのどこかでお会いできたら嬉しく思います!
でわ~
なにかがこの日記には足りない気がするのだけど
まぁ、いっかw
クポポはベルルと仲の良い友人になりました
ベルルはジャンクティラクが亡くなった時ショックのあまり
自暴自棄になります
それを救いに行くクポポと主人公
救出のためにベルルが作ったであろう肖像画のジャンクティラクと戦い勝利します
しかしベルルは過去と対峙してばかりで目を覚まそうとはしません
するとクポポは主人公やベルルとの旅路に感謝しながら自らを犠牲にして
ベルルの作った空間を消滅させ二人を帰還させます
ベルルとはイマジナリーフレンドだったと言葉を遺して