IDや討滅戦に臨むに際して、基本的に私は予習をする派である。
これによって戦闘に苦手意識を持っていても、メインストーリーのコンテンツ程度なら、まあなんとかなる。
一方で、当然初見の楽しみは著しく損なわれる。ボス名で展開のネタバレを食らうこともしょっちゅうだ。
しかしそのデメリットを差し引いてでも万難を排したくなるほどに、野良マルチで足を引っ張ることへの恐怖は根深い。
一応ここまでやってきたので、初見の若葉が何をやらかそうとも攻略の大勢に影響はないことはいい加減頭では理解している。
だがここまでやってきてなお、心情的な恐怖感を拭えずにいる。ノーマルタイタンで落下してただ画面を見ていることしか出来なかったのが、相当トラウマになっていると思われる。
だから予習する。
あえて悪し様に言えば、答えをカンニングする。
初めて挑む戦闘コンテンツでも予習した上で野良マルチで挑めば、初見の攻撃はもはや初見ではなく、たとえ自分がやらかそうとも、周りの先輩方がしっかりカバーしてくれる。
そうしてもたらされた勝利を己の手柄のように収め、お馴染みのファンファーレをBGMにガッツポーズする我が分身。
それを「ここまで下駄を履かせてもらえばそりゃクリアできるよね」と、些か冷めた目で見る私。
「そんなに迷惑かけずにすんで良かった」とホッとするときもあれば、「今回も出荷されちゃったね」とため息をつくこともある。特に嘆くでもなく、いつの間にか、FF14の戦闘コンテンツとはそういうものだと受け入れていた。
果たしてそこに、充実感はあっただろうか。
話は変わって、漆黒のヴィランズ編で初めての戦闘コンテンツが解放された。
『殺戮郷村 ホルミンスター』
もうコンテンツ名からして既に剣呑である上に、ここに至るまでの展開も今までに増してハードで絶望的であった。村の状況は推して知るべしである。
コンテンツが解放されると同時に、システムメッセージが出た。
これまでも何度か利用してきた、コンテンツサポーターの説明である。
私は思った。
「これ使えば別に予習いらなくね?」
当然いらない。迷惑をかける相手がいないのだから何の気兼ねもなくやらかせる。
そして攻略とはまた別の観点で、ここでコンテンツサポーターを使用することには大きな意味があるように思えた。
コンテンツサポーターでは、名無しのモブに限らず、時にはストーリー上の仲間たちが道中を共にしてくれる。
以前『紅蓮決戦 アラミゴ』に挑む際になかなかマッチングしないので、コンテンツサポーターを利用したときに気づいたことだ。
専用のセリフも用意されていて、気が利いている。ゼノスの履行技を耐えた後のアレンヴァルドのセリフなどは、(『超える力』を持つ彼をこう呼ぶのは語弊があるが)凡人の意地のようなものを感じて胸が熱くなったものだ。
そして今もまた、ぜひとも肩を並べて戦いたい仲間がいた。
アリゼーである。
ここまでの展開で、彼女の心中は察するに余りある。連れて行かない手はない。
しかしてここに、私史上初の、予習も他プレイヤーの助けもない、正真正銘初見の、ガチID攻略が幕を開けたのだった。
なお、アルフィノくんはお留守番である。
ヒーラーが被るからね仕方ないね。
さて、意気揚々と始めたはいいものの、やはりいつもと勝手は違う。
道中がなかなか進まないのだ。
無茶なまとめ進行をしているわけではないので、実際そこまで危なげはないのだが、いかんせん敵が固い。というか範囲攻撃してるの私だけじゃないのかこれ。そして水晶公、あんたタンク全然似合わないね。
そんな感じの牛歩のごとき緩慢さで、1ボスにたどり着く。
いったいどんな攻撃を仕掛けてくるのか。何が来ても対応できるよう、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変の姿勢(またの名を行き当たりばったり)で待機する。光の玉が複数現れた。さあバッチこいや!
次の瞬間、戦闘フィールド全体が予兆で埋め尽くされた。
は?
次の瞬間、私は死んだ。
振り出しに戻る。何が起きたのか全然わからん。
わからんが、私はドキドキ、いや、もっと積極的にワクワクしていた。
このワクワク、この全然わからん感じこそ、初見の醍醐味ではなかろうか。
いつもなら迷惑をかけて消え入りたくなりながら謝罪のチャットをするところであるが、今の私は猛然と、スプリントで1ボスの場所に舞い戻る。心なしか普段より足取りが軽い気がする。
再戦。先程は全く見えなかった攻撃の安全地帯を見つけ出し、その後もわからないなりに必死で隙間に潜り込む。コンテンツサポーターで挑んでいるせいか、いつもよりもボスのHPの減りが遅い気がする。しかしなんとか食らいつく。辛くも勝利。
なんだかいつもよりも、楽しい気がする。
朧気にそんなことを思う私の目の前には、凄惨な光景が広がっていた。殺戮郷村の副題は全く大げさではなかったのだ。アリゼーの悲痛な言葉が耳に刺さる。否が応でもストーリーへの没入感が高まる。
というか、今までこうしてIDの風景をじっくり眺めたことなど無かった気がする。コンテンツサポーターの思わぬ副産物と言えよう。
死屍累々の道中をくぐり抜けた我々一行の前に、2ボスが現れる。
ああ、と、天を仰ぐ。なんとなくわかってはいたけども、そうはなってほしくなかった。
ここについては多くは語らぬ。
一つ言えるのは、仮に予習をしていたら、この感情は味わえなかったかもしれないということだ。
それはそれとして、キャラの頭上の丸マーク?の数が異なる謎の連続攻撃があった。初めて見るギミックで対処法もわからなかったので、死ななかったのは完全にまぐれである。後で要確認。復習するのは別にいいよね、うん。
今までのIDとはもう何から何まで雰囲気が違いすぎる色んな意味でハードなダンジョンも、残すは3ボスのみである。
ここも今までの経験を元に、なんとか攻撃に対処していく。見たこともない予兆はフィーリングでなんやかんやする。なんやかんや出来なくとも死ななけりゃどうでもよかろうなのだ。
しかし一瞬で予兆が消える大きく腕を振り上げる攻撃を躱し損ね、あえなくダウン。
二度目の全滅である。
しかし、私に悲壮感は全く無かった。
なんなら次の挑戦でクリアできるであろうという自信すらあった。
死んで覚える。
これまでプレイしてきたゲームでも、散々繰り返してきたことである。
それと同じことを、そんな当たり前のことを、私はこのFF14において、今、初めて実践するのだ。
FF14プレイ開始から、実に350時間を超えてのことである。
再戦。
決して余裕綽々などではない。なんどもやべえやべえとヒヤリとしながらも、それでもヒーラーとして決して味方は倒れさせない。先程食らったパンチも今度は避ける。それはもう見切ってるぜ。
そしてバトルも佳境というところで、アリゼーの叫びとともに怒りのリミットブレイクが炸裂する。なんやその胸熱展開。
予想通り、我々は二戦目でリベンジを果たし、一帯に闇を取り戻した。
楽しかった。心の底から。
初めて自力で攻略したという実感があった。出荷してもらったという後ろめたさがなかった。
ここまで読まれた寛容な光の戦士諸賢におかれては、高難度コンテンツでもないただのIDで何大げさなこと言ってんだこいつとお思いであろう。本当にそのとおりで返す言葉もない。
また、ここまでの記述は、捉えようによってはオンラインマルチ全否定とも読めてしまうだろう。不快に思われた方には、遅ればせながらお詫び申し上げる。
しかしこのゲーム体験は、素直に感じたまま書き記さないわけにはいかなかった。
我が分身は勝利のファンファーレが鳴り響く中、沈痛な面持ちで目を閉じた。戦闘を楽しんだことと矛盾するようではあるが、私は不思議とその表情に感情移入した。
それはつまり心からゲームを楽しんだってことで、やっぱり少しも矛盾などしていないのだ。
FF14が楽しいと、改めて思う。
プレイ開始から、実に350時間を超えてのことである。
(了)