ヤクテル樹海の南部に向かいます。
マムージャ族にとっては戦争を起こしたくなるほど嫌気がさす土地だそうですが、観光気分で見るにはとても素敵な景色です。
この土地にあるマムージャ族の集落・マムークにて、最後の試練の選者を探そうと住民たちの話を聞こうとするものの、一行は明らかに疎まれている様子でろくすっぽ意思疎通が図れません。
道端で立ち話をしているNPCのそばを通りかかったらサッっと散開してしまい、そそくさと帰っていく後を何となく追ってみたら「何なの……?」「ついてこないでよ……」とめちゃくちゃ嫌がられて感動しました。細かい。
マムークの住人たちはマムージャ族以外とは口もききたくないというのが総意なのだそう。
この土地の選者はよく選者の任を引き受けましたね。グルージャジャには頭が上がらないのでしょうか。
マムークの長・ゼレージャさんが課す試練は、呪具によって再現された全盛期のグルージャジャの幻影を倒すこと。そうして双頭を超える存在であると示すことが、最後の秘石を手に入れる条件です。
ゾラージャは既にこの試練に挑んだものの敗北し、いきおい秘石を強奪しようとゼレージャに刃を向けてしまったとかで、継承の儀から追放されてしまいました。
追放システムとかあったんですね。前々から「選者の嫌がることをすれば連王にチクる」システムはほのめかされてましたけど。
ゾラージャは食の秘石を持っていませんし、であれば秘石を揃えるには他候補者からの奪取が必須ですので、最後の試練に真面目に挑む必要はありません。その状況でわざわざ試練を受けてみたのは一種のプライドファイトみたいなものだったのかなと思います。継承の儀どうこうというより、グルージャジャという人に対して自分がどういったものであるかを確かめるための。
腕が立つのが自信の拠り所であったなら、戦いでそれが砕かれた以上、色々いっぱいいっぱいになってしまったとしても、無理もない気がします。
一方のサレージャは何が何でも黄金郷にたどり着きたいそうですが、つまり彼も、王位継承そのものはどうでもいいのでしょう。一番身近にいた付き人でさえ、ゾラージャ自身には何も期待してなかったんですね。
まあ、もしかすると書いてる側はそこまで考えてはおらず、候補者は順番に試練を熟していくものという何となくの流れに沿って動かしただけなのかもしれませんが。
私はすっかりゾラージャ深読み肩入れ人間なので彼のことが労しくて仕方がありません。いよいよ逆噴射しちゃう前に全部放り出してまったりエオルゼア旅行にでも行きませんか。
ところで、ゼレージャはバクージャジャの父親なのだそうです。自慢の息子が継承の儀でもトップを独走すると信じていたからこそ、地元で派手なエキシビションマッチをかましてやろう、くらいの感覚で、マムークでの試練を引き受けることにしたっぽい。
しかし実際、バクージャジャのこれまでの戦績は悲惨もいいところ。先日ウクラマトに負けたせいもあって意気消沈ここに極まれり。
手塩にかけて育てた双頭の息子がウクラマトに負けたと聞いたゼレージャは、あっさりとバクージャジャに絶縁を言い渡します。
バクージャジャの何が悪かったのか、強いて挙げるなら戦略的判断力でしょうか。あとは踏んづけたタコスに謝らなかったこと。
彼が可哀想な目に遭ったところで下がる溜飲はありませんし、もうそっとしておきたい。
バクージャジャが何故あそこまで考えなしの行動を連発するほど増長したのかと言えば、周囲の人間がやたらめったらおだてまくったからでしょう。バクージャジャは育てられたように育っただけです。
失敗作ができるのは作り方を誤ったからに他なりません。失敗したのは製作者です。
バクージャジャがすごすご去っても、ゼレージャは未だに腹の虫が収まらない様子。いっそ継承候補者を全員打ちのめして継承の儀をやりなおさせ、その時にまた自慢のマムージャっ子を出馬させようというのが彼の描いたプランB。グルージャジャを何歳まで働かせるつもりなんでしょう。
そうと決まれば候補者たちをなぎ倒してやろう、と息巻きますが、ウクラマトは「まだマムークの人たちのことをよく知らないので勉強してから出直すぜ」とゴーイングマイウェイ。
釘を刺したくてたまらないので相手は糠と知りつつ刺しますが、イクブラーシャで「80年前の宴会で他部族と打ち解けたマムージャ族は各地に散り、現在マムークに残っているのはそういう気分になれなかった人たちですよ」と教えてもらったにも関わらず、ガン無視してくる住民について「どうなってるんだよ……」とぼやいてるようじゃ、学んだことが右から左に流れ出てますよ。どうぞしっかり頼みます。
マムークの人々は総じて来訪者に無視を決め込みますが、ゼレージャと共に試練に立ち会っていた女性がひとり、話したいことがあると声をかけてくれました。
このミーラジャさんはバクージャジャの母親。マムーク民の無視にもめげず歩み寄る姿勢を見せるウクラマトに何か期待しているらしい。
ミーラジャによると、マムークには「双血の教え」という信仰が浸透しており、部外者を嫌うのはそれが根拠なのだとか。
双血の教えとは、力と魔力を併せ持つ双頭こそがトラルの支配者たり得る唯一の優れた主であると崇め、他の部族は劣等種として蔑み拒むべきとするもの。
しかし、ミーラジャ含めマムークに暮らす一部の人々は、そうして双頭を求め続けることに疲れてきてもいるのだそう。
そこで、バクージャジャに勝ったウクラマトの活躍を喧伝することによって、疑問を持つ人たちを扇動して意識改革を起こし、双血の教えを捨てさせたいというのがミーラジャの腹の内。
双血の教えだって、元を辿ればシュバラール族との戦いでマムージャ族を導いてくれた最初の双頭への感謝であったでしょうし、暗い森の底で暮らす一族の自尊心を守ってくれるものかもしれません。一切バッサリ捨てさせようとは、なんともはや。
ウクラマト的にも、そりゃあ平和的な行いに通ずる良い教えではないけれど、かと言ってきっぱり捨てさせたいとまで言うのは何故なのかと疑問な様子。
そこでミーラジャが、双血の教えが崇める双頭の生まれについて教えてくれることになりました。
双血の教えの信奉者たちのあいだでも特別な地となっている樹海の奥深く、傷心のバクージャジャがよく足を運ぶセノーテの奥には、双頭の赤子たちの魂を祀る慰霊堂が存在します。水子供養。
なんでも双頭の子供は、異部族間でやることをやった末に低確率で受精からの細胞分裂が成功する存在というわけではなく、卵から孵る数が少ないからこそ希少なのだそう。双頭の子を求めて励んできた歴史の裏にはついぞ孵ることのなかった卵たちが幾多といます。
その残骸、骸たちは、双血の教えが背負ってきた罪なのだ、とバクージャジャの談。
個人的にはあまりぴんとこない罪の概念です。
双頭を産め!と母親役を強いられ続けたミーラジャが疲れ果て、自分の腹から出ていったものを偲ぶのはわかります。物言わぬ卵に囲まれたバクージャジャがプレッシャーを感じるのも、まあわかります。
ですが、孵らない卵がたくさんあること自体はべつに悪いことでも罪でもなくないか、と思ってしまいます。
孵らない卵を量産するのはつまり多くの子供を殺すことだ、という感覚が正直よくわかりません。
例えば、人がよく食べている鶏卵は大抵孵ることのない無精卵で、適齢?の雌鳥がほぼ毎日生むものです。ホモサピエンスも、一般的にはおよそ月一回のペースで孵らなかった卵を垂れ流します。孵らない卵自体は意志に関係なく発生し得るものだ、というのが私の感覚です。
マムージャたちには、孵らなかった卵たちの中に、殻を割れさえすればそのまま生存できる可能性があるだけの器官一式を備えたいち生命体が形成されていた、とする確証でもあるのでしょうか。内側でうぞうぞ動いていたとか。
だったら一縷の望みにかけて外から殻に罅を入れてやる等、命を救うためにできることを大人側がやりつくしてから泣き言を言えよ思うのですが、バクージャジャの言い分で「酷い」とされるポイントは「孵らなかった卵が大勢いる」という点です。
もしかしてマムージャ族って受精してはじめて卵を産む生態なのかな、と思って爬虫類について軽く調べてみたところ、現実世界の爬虫類はそこそこ無精卵を産むらしいです。ついでに調べてみたところ、猫は交尾排卵動物で、交尾すればほぼ100%妊娠するとか。
まあマムージャ族は爬虫類っぽいだけでそのものずばりではありませんし、交尾なしでは排卵しないのかもしれませんけど。
それにしても、子作りをして産んだ卵が孵らなかった、というのは、ホモサピエンスの感覚に照らして言うなら「妊活虚しく生理が来た」みたいなことではないのでしょうか。あるいは「気を配っていたけど流産してしまった」とか。
それはたしかに辛くて悲しいことに違いありませんが、子供を殺す罪と言うのは違う気がする。
マムージャ族にとって孵らない卵を作るのは堕胎にあたる行為なのでしょうか。堕胎とみなすにしても「その時点で母体の外に出たとして生存できる可能性が見込めない程度の成長度であれば倫理的な問題はない」という考えも存在します。
殻を破れないままの死を見届けられる、つまり外から殻を割って助けてやる(≒保育器に入れるなりして大人が延命の手助けをする)ことに効果がないと判断される胎児というのは、法的というか、みなし的には必ずしも堕胎を糾弾されない段階なのでは。
だからといって堕胎前提で生む気も無いのに避妊を怠るのはそりゃあ倫理的に問題大ありですが、少なくとも双頭を産もうとした人たちはその時々で逐一真剣に、生まれてきてくれると信じながら一発入魂?していたはずです。それでも生まれなかったのは堕胎というより流産です。
実際はワンチャン信じて卵を割ってみたら中から生物になりそこなったものが出てきた、というのをマイルドに表現したのが「孵れなかった」という言葉なのかもしれませんが。それはそれで、やっぱり流産に近いものでしょう。
流産しやすい条件の奴が子作りするのは人殺しだという話になると、それはさすがに極論な気がします。
なにはともあれ「双頭が生まれるためには多くの罪なき子が殺される! 双頭を望むのはほとんど殺人行為だ!」という言い分はよくわかりません。べつに殺してはいないでしょ。殺されるまでの命になりきれなかったというだけで。
その環境のつらい側面を体験した人を気遣う分にはもちろんやぶさかではありませんが、かといって「腹から出てきた卵が孵らなければ罪カウンターが回る」みたいな認識で怒るのは、なんか、違くないですか。
同種の間でだって必ずしも健常に子供が生まれるとは限りません。無事に生まれてこられるのか否か、不安の先に誕生したのはどんな命も同じで、誕生にこぎつけられなかった命を踏み越えた業は生まれた遍く命の背にあるものです。
異種間に生まれる卵は孵らないことが多いのに卵を生むのは殺人同然だ、という論法で行くと、たまたま惹かれ合った異種のカップルが、双頭という前例を希望にして子を望むのも罪になってしまいます。何ならグルージャジャやバクージャジャ自体も忌まわしいものということになるわけで。誰もバクージャジャが生まれたこと自体を否定するつもりはないでしょう。
生まれられなかったことは悲しいが、生まれたことが嬉しいのはまた別の話、でよくないですか。
いや、まあ、今そんな話はしてないんですけど。物事の仕組みを汎用的に考えるのは大切なことだと思うので。
これが、双頭狙いのつがいから生まれた単頭の子供を失敗作として殺していたとか、双頭の子を産む儀式のために子供の生き血で染めたグッズを誂えていたとか、ノーマルレアリティの子供を殺せば殺すほどSSR排出率が高くなると信じて積極的に子供を殺していたとか、そういう話であれば、私の中でも満場一致で酷い話なんですが。
悪いのは双頭の子を望むことではなく、双血の教えを信じることでもなく、盲信があまって人を人として尊重する意識が希薄になっていることなのではないでしょうか。他種族を劣等種呼ばわりしたり、人を失敗作呼ばわりで勘当したり。
ともかく、自分が生まれるまでに費やされた命があると信じ、それらを思えばこそ、バクージャジャは何としてでも勝ちたかったのだそう。
許す許さないは冒険者が断ずることではないのでどうでもよろしいのですが。
これまでの彼の行いで彼女が断罪する筋合いがあるのは、食べようとしていたタコスを踏まれた件くらいです。他の例で直接の被害者だったことはなく、冒険者は法や秩序の執行者でもないので。
「どんな手を使ってでも」と繰り出した手が尽く下策だったりタイミング悪かったりしたのがバクージャジャの敗因でしょう。あなたの立ち回りが致命的にド下手くそであったことと、生まれられなかった命があることは、全く別の話です。
色々つらかったんだろうとは思いますけど、何もかもごちゃごちゃにした外野が大義名分を受けて大手を振って人の信仰を潰しに行くのはなんだかな。
まあ、なにはともあれ、今まで存在価値を保証してくれていた双血の教えからこっぴどく拒絶されたバクージャジャに残るのは、かの教えの酷な側面ばかり。
弱った人を前にしてウクラマトは一念発起。大嫌いなバクージャジャにも、大嫌いになるほどの行いをするだけの切羽詰まった背景があったのだと知って、彼を助けたいという気持ちになったようです。
どうか、どうかその調子でゾラージャのことも思いやってあげてください。彼のケースではウクラマト自身が諸悪の根源グループに属する構図になってしまうので難しいのでしょうが。
双頭への異常な執着を打ち砕くため、まずはマムークの人々の「双頭がトラルの支配者にならなければならない」という固定概念から解していきましょう。双頭であるバクージャジャの名代として住民たちを集め、対話を試みます。
「バクージャジャが呼んでるよ」と言えばホイホイ応じてくれる人々の反応を見る限り、閉塞的な現状が打開されるのであればわりとなんでも良いっぽい。「打開してくれるのは双頭、劣等種はろくなことを齎さないからシャットアウトしろ」的な教義だから、双頭に遣わされる部外者は救済の露払いくらいの感覚なのか、あっさり会話に応じてくれます。
双頭双頭言って慰霊堂が賑わっていくのはもう嫌だから何とかしてくれウクラマト、と言っているバクージャジャやミーラジャと、どうやら気持ちの構造は同じですね。双頭だろうが単頭だろうが。
そして、政によってトライヨラの国土に暮らす人々の暮しを改善する力に近い人物であるウクラマトと、生活の改善を求めるマムークの人をバクージャジャが繋いだのであれば、彼がマムークに救済を齎したに相違はありません。
それにしても、なんかすっかり「双頭は数多くの罪無き子供を生贄にして生まれる」って話になってますね。そうだったの?
さて、そもそもマムークの人々にとってつらいのは、できれば幸せに穏やかに暮らしていきたい故郷が、日が差さず作物も育たない不毛な地であること。その原因は森の各所にあって特殊なエーテルを放ち、植物に異様な成長を促す隕石です。
であれば、隕石を研究すれば土壌を改善する方法なり適応する作物なりが見つかるかもしれない、とコーナの談。
彼もちょっと前であれば「文句があるならシャーレアンに移住すればいい」とか言ってたかもしれないので、随分変わりましたね。
隕石を解析し、エレンヴィルの伝手でシャーレアンに照会した結果、その特殊なエーテルを受けてよく育つ作物が見つかったとか。
であれば、べつに双頭に頼らなくても良い暮らしが手に入るかもと、マムークの人々の様子も徐々に明るくなっていきます。
まあなんだ、双頭だって右の頭と左の頭で協力してるから強いわけで。頭どころか全身揃った人たちが本気になって協力すれば、体ひとつに頭ふたつよりよっぽどなんでもできますよ。がんばりましょう。
ということで後顧の憂いも絶てましたので、いよいよ友の試練に臨みます。
今までに増して力を合わせることが肝要なこの試練で、コーナは、自らの継承権を放棄してでもウクラマトに協力することを選びます。
確かにウクラマトは人を巻き込む運命力には長けていますけど、なんだかんだ目をかけるものを自分中心で無意識に取捨選択してる人ですし、王位を継ぐに相応しいとは未だに思わないんですが……。
というか「皆の力を合わせて偉大なる双頭グルージャジャを超える」ということがコーナの、ひいては一同の出した答えであるならば、敢えてウクラマトだけが唯一全ての試練を突破する候補者として君主の座に王手をかけるのは、筋が通らない気がします。けっこうなダブスタ。
それこそコーナの大好きなシャーレアン式議会制の出番なのでは?
対幻影バトルは、タンク以外の職でやったほうが良かったやつですね。
終盤ウクラマトが前に出てくるところでの手持無沙汰感と、なんか自分だけHPに余裕ある感じで乗り切ってゴメン……という気持ち。
連王宮でひとりで手合わせに挑んだ時のほうが難易度は高かった気がします。まあイベント戦ですね。
何はともあれ幻影を倒した以上試練は突破となるはずですが、ゼレージャは認めたくない様子。
そこへやってきた強そうなお声のルガディン男性。ウクラマトは顔見知りのようでタンカと呼びかけますが、まあケテンラムです。生きているかもとは思ってましたが思っていたよりずっと若々しくてびっくり。100歳近いはずですよね。ルガディンって長生きなんだ。あれ、ゴウセツ……。
彼の取り成しもあってウクラマトは無事に最後の秘石を獲得。
コーナの旅はこのまま王都に帰って終わりだそうなので、サンクレッドとウリエンジェもほとんど退勤目前で、ちょっとばかり寂しい気もします。
7つの試練は終わりましたが、黄金郷を見つけ出すまでが継承の儀の課題です。
ここにきてふらっと姿をあらわしたケテンラムにも聞きたいことが山ほどありますし。
というあたりで、今回はここまで。