当方エメトセルクのテンパードです。
脳内エメトセルクに染まってます。なんでもエメトセルクにこじつけるし、エメトセルクを超える男に今後巡り会える気がしません。
(あ、焼き立てポークシーは不要です。テンパードとなってとても幸せなので)
そんなエメトセルクテンパードの視点で、ちょっと気になっているところがある。
それは、エメトセルクの言っていた、”新大陸の眩き黄金郷”とは、どこのことだったのか。
注意!!!
7.0のストーリーに関するネタバレがあります!!!
そして相変わらずの文字数!かつほぼ私の妄想!活字中毒者以外はそっ閉じ推奨!
※文章長すぎて最後のほう力尽きてうまくまとめられてなかったので書き足した(2024/08/15)
メインストーリー「黄金の扉の先へ」カットシーン3で、新エリア「リビング・メモリー」に到達したとき、エレンヴィルはこうつぶやく
「黄金郷はここにあったんだな」
ヨカフイ族が夢で見た「黄金郷」は、第?世界にあった、アレクサンドリア王国首都?エバーキープ最上層に作られた街「リビング・メモリー」だった。
そこは、エレクトロープの発する黄金の光に包まれており、死者の記憶をコピペされることでその死者と地続きであるかのように行動するプログラム「永久人」たちが、飢えることも病むこともなく暮らしている。
(うう。。。そう思ったら、天獄編のテミスたち影法師も同じ原理なんよな・・・、エリクトニオスが古代で星海に流した記憶のクリスタルから再現したのが、現代星海に現出したラハブレア、エリクトニオス、テミスきゅんなんやし・・・←これ書きながら、解釈合ってる?ってなって天獄編のカットシーン見に行ったら、ラハブレアー!!かっこいいーーー!エメトセルクには及ばないけど、ああ、まじで古代人みんなかっこいい)
ヨカフイ族の探していた黄金郷は、確かにリビング・メモリーのことだったのだろう。
しかし、その街は、生命力のエーテルによって駆動している。
ん? エレクトロープは雷エネルギーを使ってるんじゃなかったか? エレクトロープは雷エネルギーで動いて様々なものを演算してるけど、永久人は生命力のエーテルで動いてる、別なのか? あ、雷で動いてるときは青紫に光ってて、生命力のエーテルで動いてたら金色に光ってる・・・? じゃあ天深きセノーテの遺跡が金色に光ってたのは、どっから生命力のエーテルを供給してる・・・? まぁ、このへんの詳しい設定はわからないけど、それは置いておいて、
生命力のエーテルで永久人を維持しつづけているが、永久人は増える一方。
だが、命の循環をせき止めているので新たな命は産まれづらい。
だから、ドーム内の人々の魂だけでは賄いきれない。
そう、リビング・メモリーは永遠の幸福が約束された地ではない。
薄氷の上に立つユートピアにすぎない。
それって”眩き黄金郷”なのか・・・?
エメトセルクは宿題の数々でこうも言っていた。
「鏡像世界のいくつかには、驚くべき文明が興っているからな」
むしろ、リビング・メモリーはそっちでは?
”眩き”と言われると、どうしてもポジティブな印象がある。
エメトセルクとは至福者の座、冥界を見守り、死を司る。
その、エメトセルクが、魂の循環をせき止めて、魂が冥界に還ることはないシステムにより成り立っている場所を
”まばゆい”なんて言うんだろうか?
エメトセルクにとって現生人類は到底生きているとは認められないような存在だから、その魂がどう扱われようと知ったこっちゃないのか。
だとしたらなおさら、そのどうでもいい存在の生前の記憶が再生されているだけの、その思い出がミラプリされている街を”まばゆい”などと言うだろうか?
じゃあ、エメトセルクが言った黄金郷は、グルージャジャやケテンラムが20年前にそう思ったように、ヨカフイ族の遺跡の奥の黄金に光る石材のある場所のことだったのだろうか。
でも、あの部屋は20年前のクルルの両親が扉を起動させるまで、金色要素はまばらだ。
まばゆいとは言い難い。
じゃあ、扉起動後か。
でもそれなら、エメトセルクならそれがなんなのかわかっただろう。
世界の壁の薄い場所に大掛かりな、原初世界由来ではない扉があったなら、それが鏡像世界と繋がっていることは容易に想像できたはずだ。
その先の世界がどこか、アシエンなら知り得ただろう。
じゃあ、やっぱりエメトセルクの言ってた”黄金郷”とはリビング・メモリーのことということなのか。
でも、そうだとしたら、
”新大陸の”と言うのも変な気がする。
「新大陸にある、黄金郷の扉はどうだ?」でいいやん。
そのあと、鏡像世界については別で言及してるんやから。
もやもやしてるまま、先日G17の地図に行ってみた。
運よく最終層まで行けたんやけど、そのもやもやがあったせいで私はこう思った
「黄金郷はここにあったんだな・・・」
そう、そこには眩いばかりの財宝に溢れた場所だったのだ。
もちろん、いつもの最終層と同じく、金色に輝いていた。
宝物庫セノーテ・ジャジャグラルと銘されたその場所は、新大陸のセノーテのどれかにある宝物庫なのだろう。
これこそ”新大陸の眩き黄金郷”と言えると思った。
けど
私はよく、英語版ではなんて言ってるんだろうと調べることがある。
”新大陸の、眩き黄金郷”はなんと言ったのか。
それは
The fabled golden cities of the new world.
黄金郷は、黄金都市と英訳されてた。
しかも「city」単数形ではなく「cities」複数形。つまり、小規模なものではない。
ちなみに「まばゆき」はない。
かわりに「かの伝説の」みたいな感じで「the fabled」がついてた。
宝物庫は残念ながら「都市」というにはその機能は一切なさそうだった。
天深きセノーテのヨカフイ族の遺跡もそう。
じゃあやはり、黄金郷は、リビング・メモリーのことということになる。
リビング・メモリーはいくつかのブロックに分かれているし、そもそも何階層にも都市が連なった最上階だから、citiesというのも納得。
では何をもってして、エメトセルクはあれを眩いと言ったのか。
(英語版では言ってないことが判明したんやけど、原文では確かに言ってるんやからこだわってしまう)
普通に考えたら、
あのボイスを収録したとき、新大陸の黄金郷についての構想はまだなかった。
その後、7.0シナリオ合宿のなかで、あのセリフを回収することになった。
ついで、7.0は命をめぐる物語であるFF9をオマージュしたいという方向になった。
FF9では、世界が融合している、また敵が自分たちの世界の為に命の循環をせき止めているという設定がある。
それによって出来上がったのが黄金のレガシー後半のストーリー。
前半の黄金郷探索と、後半のFF9オマージュを両立させるためにリビング・メモリーはあのような街になった。
なので、”眩き黄金郷”というセリフに、そんなに深い意味はなかった。
ということになるのだろう。
でも、エメトセルクテンパードは、彼の言葉の一つ一つに意味があったのだと、そう思いたい。
次々と上げた場所の中で、主観の形容があるのは”眩き黄金郷”と、”驚くべき文明”だけだ。
エメトセルクは全部「見た」のだから、その”眩い”や”驚き”は、確かに彼自身の抱いた印象であったはずだ。
なので至極好意的な解釈かもしれないが、以下の二つの説を考えてみた。
説1:あの街はテンペストに沈むアーモロートの対比である。
天獄編3層で、十四座の間の窓の外に見えるアーモロートの街をみただろうか。
はるかな空から降り注ぐ、黄金色の陽光に照らされた壮麗な建物。きっと穏やかな風が吹いているのだろう。
さながらリビング・メモリーのように。
だから、リビング・メモリーを見たとき、エメトセルクは思ったのではないか。
記憶の中のアーモロートを。
家族や友人や、恋人と過ごした、穏やかでほがらかな、いい世界の記憶。
終わる世界のただ中で、それを転写して維持しているリビング・メモリーに、
目を背けたくなるような、そんな眩さを感じてしまったのではないか。
エメトセルクがテンペストの遺構にかぶせて終末前のアーモロートを再現したのは、喪うことを厭う気持ちを理解できなかった彼が、それを知ったからだろう。
アーモロートを創ったのは、リビング・メモリーを見た後なのか、先なのかわからない。
彼は、自身の記憶から街一つを再現し、死の間際、ヒカセンに「覚えていろ」と言った。彼らが生きていたことを。
自身が死して、星界で魂を洗われれば、古代人のことも、善き世界のことも覚えている人はいなくなる。
だが、アーモロートの街を歩いたヒカセンが、エメトセルクと対話を続けたヒカセンが覚えていれば、少なくともヒカセンの中には古代人の想いが、記憶が生き続ける。
記憶から消える時が本当の死だとして、死者の記憶を保存し、かつての世界を再現し続けるアレクサンドリアと、やっていることは同じだ。
水底のアーモロート、天空のリビング・メモリー。
まるで違うようで、二つは「忘れたくない」という、同じ想いが形になった街なのだ。
だがその在り様は正反対で、
歪であっても明日に進むリビング・メモリーに対して、アーモロートは終わりの前日に留まっている。
エメトセルクの無尽蔵の魔力があれば、アーモロートだってかつてと同じに黄金の光に照らされた街にできたはずだ。
でもしなかった。
アーモロートに明日は来ない。夜は明けないのだ。
なぜなら、エメトセルクは喪われたことを悼んでいる、アーモロートはいわば墓標。喪ったことじたいは受け入れているから。
だがリビング・メモリーは、あれは墓標ではない。魂に手を加えてまで終わりに抗い、あの街はまだ生きている。
エメトセルクが眩さを覚えたのは、自身であれば決して見ることはなかったし、見ようとも思わない景色が、だが既視感を持って現れたからではないか。
説2:アゼムの遺したもの。
エメトセルクは見せたかったのではないか。扉の先にある黄金郷リビング・メモリーではなく、そこへ至る道、アゼムの功績を。
私はアゼムの紋様が浮かんだあの世界を繋ぐ鍵であるアーティファクトは、アゼムの遺産やと思ってて、
終末で世界が混乱している中、十四人委員会をぬけたアゼムが、しかしハイデリン派に与することなく、では何をやっていたのか、
あのアーティファクトこそがその答えなのではと思ってる。
世界を繋ぐ鍵が、古代でも世界を繋ぐ鍵として設計されたかはわからない。
ただ、強い願いに応じて力を発揮し、アロアロのミララ族は霊災を逃れた。
同じようにあのアーティファクトは、古代世界でも人々を困難から遠ざける力があったのではないか。
あのときは世界は分割されていないから、どのような力を発揮するように作られたのかはわからないけど。
もしくは、世界が分割されることをヴェーネスから聞いていて、世界を繋ぐ物としてはじめから創られたのかもしれないけど、私はどちらかというと、ヴェーネスはアゼムには具体的なことは話さなかったんじゃないかと思ってて、アゼムは自分自身が本当によかったと思える未来、委員会ともヴェーネスとも違う未来を、最期まで模索したんじゃないかと思ってて、その未来を繋ぐ可能性の一つがあのアーティファクトに込められた力なんじゃないのかな、と妄想している。
ともかく、新大陸の黄金郷の真実を知ったエメトセルクは、そこにアゼムの術の介在を知り、アゼムが命の限り歩み、人々を命を繋がんと活動していたことを知ったのではないか。
ゾディアーク召喚前には、アゼムのことを「あの馬鹿の考えなど知ったことか!」と言っていたエメトセルクが、アゼムのクリスタルには命のかぎり歩み~ってその行動を肯定する言葉を残してる。
それは、アゼムが遺したものから、その真意を知ったからなのでは、と思った。
つまりエメトセルクにとって眩かったのは、黄金郷ではなく、そこへ至る道を繋いだ、アゼムの偉業だったのではないか。
肉体を捨てずに世界を渡ることは、いまだアシエンですら成し得ていないことだ。
だが、アロアロのミララ族はかつて、一族郎党で世界を渡ってみせ、滅亡の運命を跳ね除けた。
アゼムのもたらす未来に誰より期待していたエメトセルク。
そのアゼムが遺したもの。
世界を繋ぐ力。
それを目にしたとき、エメトセルクの胸にどんな想いがよぎっただろう。
……あいつなら、どんなことでもやりとげるだろうとも思っている。
エメトセルクはそう信じていた。
黄金のゲートの先にある鏡像世界の街に、それがどこであれ、目を細めずにいられなかったんじゃないだろうか。
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「眩き黄金郷」とか「かの伝説の黄金都市」などと冒険心を煽って、エメトセルクが本当に望んでたのは、それを探究せし過程で、アゼムの成したこと、もしくは成そうとしたことをヒカセンが知ることだったのではないだろうか。
アロアロだってそう、神子像の祭祀場に行かせたかったんじゃない、そこはあのアーティファクトがもとはあった場所。豊穣海の海底遺跡も、あそこにはアゼムの紋様がある。
異なる意見を持ってはいたが、十二神の元はエメトセルクの同胞だ。
エメトセルクはただただ観光名所を上げ連ねたんじゃない。
ヒカセンに「覚えて」いてほしいから、それを探究するように仕向けたんじゃないだろうか。
秘宝の島にも、メラシディアにも、エメトセルクの覚えていてほしい何かがあるに違いない。