Character
自分がどんな顔をしているのか知ったのは
いつの頃からだったんだろう
鏡に映った自分を見て ふとそんなことを思う
他人が何を考えてるかなんて分からない
なんて良く言うけど
自分のことこそ 自分が一番分かっていない
例えば自分がどんなものが好きで
どんなものが嫌いかを知るためには
目の前に"そのもの"がないといけない
ぼくはネコが好きだけど 目の前にネコがいて初めて
「わたしはこのまるっこい生き物が好き」
と気付くように
「好き」はわたしの側にあるのではなく
「ネコ」がわたしの好きを存在させる
つまり世界に反射してみて初めて人は
自分が何者かに気付くんじゃないだろうか
何が好きで 何が嫌いか
誰を愛して 誰を憎むか
この気持ちは自分では決めることができなくて
世界の側が わたしの感情を引き出している
私という存在は いつも世界に影響され 翻弄される
とてもあいまいで 不安定な存在
って、こんなこと言ったら 運命は全部決まってて
自分なんてもの 初めからなかったんじゃないか
なんて思っちゃうけど そんなことないよね
ぼくらは毎日 自分の足で歩いて 自分の目で見て
自分の心でこれがいいって思えたことを少しずつ
選んでいってる
もしかしたらそれは 誰かにとっては正解じゃない
かもしれない
ぼくたちはいつも不安で 正解が欲しくって
でも誰かがくれた正解じゃ きっと幸せになんて
なれないってことも 心のどこかで分かってて
でも自分で選ぶってことはすごく苦しくて
それでも苦しいってことは その選択の中に
自分ってものが存在するっていう証拠で
だからそんなあいまいな自分を知る近道は
自分の「好き」が何かを知ることかもしれなくて
理屈じゃ辿り着けない「好き」の中に
自分っていうものの輪郭が潜んでいるような
気がして
自分の宝箱に入ってる 自分の好きなものって
どんなもの?
中に入っているものが人と違ってもいい
立派でなくても カッコよくなくてもいい
宝箱に何が入っているか知っていること
たまに見返して ずっと覚えていること
そしてそれを大切に守ること
それがきっと自分を知るってこと
きっと不確かな正解になんて しがみつかなくて
いいんだよね
今日というこの日に 正しさよりも心地よさを
感じていられたのなら
それでいいって気がしてる
そういえば 自分じゃ無理だなって思うことでも
君ならやれる、って言われたり
意外とそういうとこあるよね、なんて自分でも
気付かない面を掘り起こされたり
他人のほうが 自分のこと良く分かってるんだな
ってことが多くって
そりゃあ自分探しの旅に出たって 自分なんて
見つからない訳よ
だって色んなものが見えるこの2つの眼だって
自分の顔だけは見えないんだから
自分の分からないところ、分からないままで
良いと思うんだ
だってそれは 世界の方が決めるから
こんにちは
これはすごい。確かにそうだ!!
この目は自分の顔すら見ることが出来ない(そして今、ちいさな文字も見ることができなくなった😭)
こんな事に気付かずに18年生きてきちゃったよ笑
でも今、心地良さを感じられているから
これでいいのだと思うことにしました😊
こんばんは♪
ズラタンさん、なんだかすごいことを考えるのですね。3回読み返してみたけれど、難しすぎてわたしの頭では理解の外。
ズラタンさんはきっと、わたしの見えないものを見られるのでしょうね。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと顔をしかめる、そんなわたしでこの先も行きますw🤣🍓🍰
哲学…?
自分の価値観は他者によってほとんどが形成されている、らしいですけど、どうなんでしょうねぇ•́ω•̀)?
己を知りたければ他人と会え、その為に外に出よ、といいますから、そういう事かなぁと思いました(,,- -,,)違ってたらスマナイ💦
みんとさん こんばんわー
「ぜんぜん老けないし、年齢不詳ですよね」
って言われて、そうかなーって鏡を見たのが
きっかけの日記ですw
ドワーフだから違う時間軸を生きているのか…
ちはやさん こんばんわー
ショートケーキが好きで イチゴは最後に残して
お酒飲むと気が大きくなるけど ぬいぐるみが
ないと寝れない
たったこれだけでも輪郭が浮き出てきませんか?
ねんまつさん こんばんわー
数年前から哲学にハマってる にわか?ライト?
哲学カジュアル勢ですw
雑食なので新しいマイブームが来たら日記の
テーマ・スタイルも変わると思います!
あぁ(*´ `)良いなぁ…
物事は対象があるからこそ、改めて気づく事ありますよね。
ただ、世間の普通に流されたくないからって自分の好きな方に歩いて行ってるだけでは明確に何を求めてるのか分からないままに帰って来そうですもん。
旅の中で何を拾い何がいらないのか。そして、それを誰かに見せた時の反応で初めて見つける自分の選んだ事の琴線だったり。
そういえば、人に対するお土産も自分の中のその人のイメージだったりするな…って事はよく食べ物もらう私は食いしん坊?
『不自由をやろう』なんて、エヴァンゲリオンの話を思い出しますので、
この話が適切な方は必ずいると思います。
また、ここエオルゼアは、
本人の思惑とは必ずしも一致せずに、
キャラクターのイメージによって、
本人のイメージが作られてしまう事もあると思います。
ただ私の場合、幼少の頃からそれに抗って来たと思います。
それが受け入れられた時も、
受け入れられなかった事もあり、
それでも世界はそれらを融合して成り立ちますね。
でもそう考えた時、結局は自分次第じゃない?
と話に結論付けてしまう、
私という存在があります(笑)
もしかしたら
世界の方が寄り添ってくれてるのかも?(* ˊ꒳ˋ*)
なんか難しいテーマだったw
でも自分で決めたことだからこそ頑張れるものさ(≧▽≦)
私もあと少しのモグコレがんばるぞおおおおお♪
もかさん こんばんわー
立ち止まったままだと周りの風景も変わらず
結果 自分も変わらないまま、ってのが
この世界の厳しいところでもありw
答えのない問いを考えるのって面白いですよね
この日記にいただいたコメントも それぞれ
個性があって楽しいです
たうさん こんばんわー
対象や関係性を広げまくると収拾つかなくなるので自分だけにフォーカスしたけど それでも広かったw
自分って常に変化してるんですよね
昔から好きなもの、昔は嫌いだったけど今は好きなもの、そんな変遷だけ辿っても自分ってものの輪郭が浮かんできます
オーシャンさん こんばんわー
卵か鶏かみたいなところがあって、どっちの目線で見ているかによって違うものが見えますよね
世界側が寄り添うなら、そうなった経緯や自分側の選択がどこかにあったってことになって、それは自分側が世界に寄り添った結果かもしれないw
あみのさん こんばんわー
それですw
ハガレンのエドも言ってましたよ
「立って歩け、前へ進め、あんたには立派な足がついてるじゃないか」ってね
その道筋そのものが自分なのかも