先日書いた
ゲームコンテンツへの感想に続いて、
今回は「黄金のレガシー」のストーリーに対する感想です。
言うまでもなく、
内容はすべてストーリーのネタバレになります。未クリアの方は、くれぐれもご注意ください。
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結論から言ってしまうと、「黄金」のストーリーは
テーマこそ素晴らしかったけど
中身は粗いところが多いように感じました。
10年にわたる超長編物語を締めくくった暁月と比べるとどうしても見劣りは
避けられませんし、むしろ重い話の後、一度「軽く冒険を楽しむ」話も
あってもいいと思います。ただそれを差し引いても、FFシリーズに対する期待を
満足させるものではなかった、と言わざるを得ません。
快活ながら未熟な王女ウクラマトが継承の儀という名の冒険に出て、
その冒険で困難を克服しつつ成長していく物語は、まさに
RPGの王道です。
ある意味、「黄金」の主人公は冒険者よりもウクラマトであって、冒険者は
単なる助っ人や見届け役と言えるでしょう。
王道というだけで見下す人もいますが、それ自体は特に悪いものではないと
思いますし、むしろ読者(この場合はプレイヤー)に大まかな流れを事前に示す
良い道具です。そうして「最終的に落ち着くところ」が分かったところで
そこに行き着くまでの道筋が見えるわけでもないし、終着点が分かるからこそ
道中の景色(ストーリーの細部)に目を向ける余裕が生まれる側面もあります。
ウクラマトが繰り返し主張する、「
知れば好きになる」というテーマも、
深みに欠けるとも言えますが、純朴だからこそ気に入りました。
海を超えて日本という異国へ渡り、その国のことを知るほど好きになっていった
私(中の人)自身の経験と思わず重ねる時もありました。
地球でもアーテリスでも、人々は様々な問題を抱えていますが、それらだけが
文化を定義づける訳ではない。そんな泥沼を掻き分けて「好きになる」ところを
すくい上げていけるのが、実はラマチの最大の武器かもしれません。
斧でも十分な破壊力を発揮しますが。(余談ですが、あるインド人女優のインタビューにまつわる話が思い出されます。
当時、インド映画はファンタジーじみた恋愛ものが多く、現実離れした
理想郷的な設定を「
おかしいと思わないか」と問うた西洋の記者に対して、
その女優は「
現実世界の方がおかしいんじゃないの?」と返したそうな。
実話かどうかは分かりませんが、明るい設定や話題を半ば反射的に
否定するような発言に、確かに首をかしげたくなります。)
ウクラマト以外で見ても、たとえばバクージャジャの、横柄な悪党から、
やっぱり横柄だけど頼れる仲間への変化は上手く描かれたように感じました。
ウクラマトとの一騎打ちに負けた後、一瞬映った「双頭の慰霊堂」で
彼
(彼ら?)の本心を覗かせるのも効果的でよかったです。
「継承の儀」に臨んだ4人のうち、唯一成長しなかったゾラージャが
残る3人の敵へと堕ち、やがて倒されるのも、王道らしくていいと思いました。
ただ全体像から具体的な話に目を移すと、綻びも見えてきます。
気になったところはいくつかありますが、その違和感の原因は多くの場合、
見せたいシーンの導線を疎かにしたためではないかと感じました。
不自然な展開の最たる例として、モブリン族との一連のイベントのあと、
ウクラマトがバクージャジャ勢に誘拐されるシーンがあります。
モブリン族からの使者と名乗る男が、忘れ物を取りに来てほしいと言って、
ウクラマトが一人で取りに行きますが、そのまま攫われてしまいます。
しかしその時点ですでに、バクージャジャに狙われていることははっきりしています
(というか、91IDで派手な妨害行為に遭っています)。
なのに一人で行くのが無謀なのは、まあ未熟なウクラマトなら気付かなくても
納得できますが、冒険者とアルフィノ、アリゼー、エレンヴィルも同行しています。
仮に冒険者にその役割を求めなくても、アルフィノとエレンヴィルのどちらかが、
単独行動の危険性を指摘するはず。
(ごめんねアリゼー)なのにウクラマトを引き留めるどころか、「時間は取らせない」と言われながら
3度もクエスト地点で「待機」させられて、その上ようやく事情を確認しに行って
ウクラマトが攫われた事実を知ると、
冒険者を含めて全員驚く表情を見せる始末。
ウクラマトが出て行った時点で「いやいや一人で行かせるな」と思っていたのに、
プレイヤー視点から見て「あり得ない」と感じたこの展開に呆れてしまい、
そのまま
ウクラマトが戻るまでの全カットシーンと会話をスキップ。
脳内でイベントを抹消して、ウクラマト復帰からストーリーの続きに進みました。
秘石を一つ盗られた以外に結局どういう内容だったか、今も分かりませんが、
その後ほとんど触れられないので、
ストーリー上不要だったと言えます。
執筆者の意図として、バクージャジャがズルしてでも継承の儀に勝ちたいことを
見せたかったのかもしれませんが、「一方そのころ」的なイベントで、
バクージャジャが秘石を盗もうとしていることをプレイヤーはすでに知っています。
盗ませるにしても、その場で催眠ガスを放つ、睡眠魔法をかけるなどして
一瞬の隙を突く形の方が自然だったと思います。
実際の展開となったのは、「見せたい結末」とゲーム設計上の「所要時間」を
意識しすぎて、結末までの流れを適当に決めてしまったせいかな、と感じました。
この盗難イベントの他にも所々で「うーん」と思わせる場面もありましたが、
もうひとつ、特に気になったのは
FF9の取り入れ方です。
まず、他のFFと比べてFF9に対する思い入れはさほど強くない、と断っておきます。
嫌いだったわけではないですが、他の作品ほど印象を残さなかったのも事実です。
なので、例えばヨカフイ族の「
人に覚えられている限り、死んではいない」という
死生観がFF9のEDテーマに繋がっていることは、ガーネット(もといスフェーン)が
登場して初めて気付きましたし、今も気付いていない接点や伏線はあったのかも
しれません。
ただそんな私から見ると、FF9関連要素は
無理して詰め込まれていると感じました。
FF9から引用した場違いなセリフが出たり、FF9由来と知らなければ雰囲気の違いを
不思議がりそうなBGMが使われたり、といった具合に、「アーテリスにたまたま
過去シリーズに似た場所がある」のではなく、「過去シリーズの設定を無理矢理
アーテリスに移植した」という印象を受けました。
特にBGMに関して、これまでは過去作品の曲をFF14用にアレンジしてきたのに、
今回はPS1時代の音源をそのまま利用した場面が多く、懐かしさや温かさよりも
不自然さを先に感じてしまいました。
FFシリーズの別作品であっても、ニーアコラボのようにシリーズ外であっても、
FF14に取り入れるということは、
純粋な「アーテリス感」を崩してしまう、
ということになります。
ただその場合でも、努力によって
上手く融合することはできます。
たとえばクリスタルタワーは、太陽光エネルギーを集積して利用するための施設
という設定なので、エネルギーと密接な関係にあるクリスタルが使われても
不思議はないし、仮にFF3を知らないプレイヤーがそのストーリーを進めても、
不自然には思わないでしょう。
暁月の「月」にしても、終末を逃れるための方舟という設定ですし、そこに
たまたまゴルベーザと名乗る人が現れ、たまたま4属性のエーテルの扱いに長けた
従者を引き連れていたとしても、FF14の世界としては特におかしくはありません。
(レポリットたちに関しては、可愛さに免じて不問とします)ただ今回、近未来的な「エバーキープ」と中世風の「アレクサンドリア」は、
かけ離れすぎているように感じました。
どちらも、まだ話に出ていないいずれかの鏡像世界から来たものなので、
その世界のことを知らない限り何とも言えない部分も、確かにあります。
が、黄金のストーリーで語られるように、万能物質「エレクトロープ」が
ある日突然現れて社会を一変させたとすれば、あまりに安直な繋げ方です。
本来のストーリーがエバーキープを中心に構築されていて、その中に
アレクサンドリアを無理矢理突っ込んだ、と見られても仕方ありません。
仮にそうであれば、
FF9要素を入れない方がよかった、と思います。
というより、
シリーズ作品に繋げないといけないような雰囲気に
なってほしくない、というのが本音です。
長い歴史を持つシリーズとはいえ、いずれネタが底を突きます。
FF14にこれから末永く続いていってほしいと願う一人として、
そういうものにばかり頼らず、より「
アーテリスならでは」の物語を
綴ってほしいと思わずにいられません。
FF9周りはともあれ、
リビングメモリーに入ってからは素晴らしい内容でした。
メイン後半で語りたかったのはこれだな、と感じました。
エレンヴィルとカフキワ、クルルの両親など、ちょっと足早な展開もありましたが
落ち着くべきところに落ち着いてくれました。
「無音」の使い方も上手く、シャットダウンに合わせてBGMも消すなんて
思い切ったことするなーと感心しました。
思い切ったことと言えば、「
景観が変わり、元に戻せない」という設計も、
セーブ&ロードが利かないオンラインゲームでやるのは勇気の要る判断です。
ストーリーにはぴったりで、そうしてプレイヤーの操作に重みを持たせれば
没入感が一層増します。
……でも
イシュガルド復興みたいなコンテンツを求めたらダメかな?w
終わり良ければ全て良し、というのはちょっと違いますし、冒頭で書いた通り、
FFシリーズのストーリーとしてはやはり物足りない印象が残りました。
ただその一方で、途中でちょっと尖った気持ちになってしまったところも、
全てを見終えた今なら
「改善の余地あり」程度に思えるようにもなりました。
今回躓いたところを教訓に、次からより上手く作ってくれればいい、と思っています。