注意!
このファンフィクションには、「漆黒のヴィランズ」パッチ5.11までのネタバレを含んでおります。
閲覧は自己責任でお願いします。
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ふと、目が覚めた。
ペンダント居住区にあてがわれた居室。
深夜と言って差し障りのない時間。
体を起こして見渡せば、テーブルの上にサンドイッチの包みがある。
前にグ・ラハが、水晶公が、サンドイッチを作って差し入れてくれたことを話したら、アリゼーが鼻息荒くして持ってきたものだ。
彼女は妙に水晶公にライバル心を燃やしている。仲がいい証拠なのだろう。
アルバート・・・?
声がこぼれた。
奇妙な既視感。そう言えば、前に彼が話しかけてきた時も、テーブルにサンドイッチがあった。
呼ばわりに答えはない。あるはずがない。
彼の魂は、すでにこの体の中にあるのだから。
ひどく息苦しい。
何となく、サンドイッチの包みを手にして部屋を出た。
背負いなおした武器が、やけに重い。
重く感じることで、息苦しさが増した気がした。
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気が付くと、イル・メグにいた。
リダ・ラーンから少し離れた、姿見の湖の岸辺。正面に見えるリェー・ギア城から延びる羽根が、夜空に輝いている。
夜空は奇麗に晴れていて、星が瞬いていて、吸い込まれそうだった。
立っていられずに、腰を下ろす。
背中の武器が邪魔だったので、横に放り投げた。
どれくらい座り込んでいたのだろう。
いつの間にか視線は地面に落ちて、目の前には自分の膝しか映っていない。
力が抜けて、顔を上げられなかった。
このまま、地の底まで落ちていくような感覚。
深い、深い海の底に放り出されたようだ。
ああ、と息が漏れる。
テンペストの深海に幻影都市を生み出してなお、たった独りだったあの人は。
彼の孤独はこの何倍にもなるだろうに、自分はもう耐えられない。
息ができない。
体中が空気に押しつぶされそうだ。
「こんな時間に何をしているのかしら?」
ぽすりと、何かが頭の上に乗った。
掛けられた優しい声。
フェオ・・・?
「そうよ、私のかわいい若木」
急に体が軽くなった。
止まっていた呼吸ができる。
軽く頭を振りながら、顔を上げる。
コロリと眼前に、見慣れた妖精の姿が現れた。
いつもの彼女だけど、いつもより笑顔が優しい気がする。
何でも・・・ないよ。
「あら、そう?」
そう。
「そうね」
クスクスと笑う彼女の顔を見ていられなくて、横を向いてしまった。
何でもない・・・そんなはずがないことは、自分が一番わかっている。
わかっているけれど、胸にある想いを口にすることができなかった。
自分自身でも、それが何なのか、分からない。分からないんだ。
「ねぇ、若木?」
・・・。
「胸が苦しい? 悲しい? 辛い?」
分からない。
そのどれでもなく、その全て。
本当に、分からない。
「そう・・・それならそれでいいわ」
目の前にちらつく光。
フェオの姿が、妖精王のそれに変わっていた。
そのまま彼女が隣にふわりと座った。
腕を胸に抱え込まれる。
暖かく、柔らかい。生きている・・・と、感じた。
「やめちゃえばいいわ」
え・・・?
あっけらかんと、フェオが笑う。
「やめちゃえば良いのよ。何もかもね」
やめるって・・・。
「そう、全部全部やめちゃうの」
全部、やめる?
やめるって、何を?
「戦うこと、進むこと、覚えていること・・・英雄であること」
言葉がナイフのように胸に刺さった。
「もう十分じゃない、かわいい若木。あなたはこの世界に夜を取り戻した。もう十分なのよ」
十分・・・?
「あなただけが戦う必要なんてないの。あなただけが進み続ける必要なんてないの。あなただけが失った誰かを覚え続けることなんてないの」
それ・・・は・・・。
頬に、手が当てられる。優しく、指が撫でていく。
あごに添えられた人差し指に導かれて、空を見上げた。
あるのは漆黒。星すら輝きを止めていた。
「あなただけが英雄として苦しみ続ける必要なんて、どこにもないのよ。私の若木」
歯を噛み締めた。
やめて・・・やめてどうする?
「どうもしないわ」
そんな・・・無責任な!
声が荒れた。フェオの手を掴む。力の加減なんでできない。
なのに、彼女は笑った。
「言ったでしょ。十分だって」
フェオ・・・!
「何もかもやめて、私ともに永遠を生きましょう?」
フェオ=ウル!
思った以上に強くて大きな声が出た。
「前にも言ったでしょう。妖精王の資格は、本来あなたのもの。今からでも、あなたに引き渡すことは可能なの」
それは・・・。
「いいじゃない、私の若木。ここで、この妖精郷で共に生きましょう? 永遠に、とこしえに」
言葉が蜜より甘かった。
甘く、優しく、心に染みる。
まるで極上の美酒のように、まるで致死の猛毒のように。
体中がしびれて、動けない。
もしも言葉が出せたなら、Yesと答えてしまいそうだった。
「もう・・・意固地で頑固でこれっぽちも融通が利かないのだから!」
叱責の言の葉なのに、まるで責める口調でなくて。
ふわり、頭を胸に抱かれた。
「ここは冗談で良いから、私を選んで共に生きると言う場面よ!」
冗談でも口にしない。そうだって、知ってるはずだ。
「そうね、知ってる。あなたはそう言うヒトよ」
・・・ごめん。
「謝らないで、私の若木」
それでも、ごめん。
繰り返した謝罪に、クスクスと笑い声が返る。
そうして、どれくらいの時間がたっただろう。
フェオのぬくもりが、時の流れを忘れさせてくれる。
「ねえ、若木。何を苦しんでいるか、分からないし知るつもりもないわ」
そっと、吐息のようにフェオが囁く。
「何も聞かないから・・・何も言わないから・・・だから、泣いてしまいなさい?」
渾身の力を使って、フェオの肩を押した。
離れるぬくもり。それがひどく辛く、苦しい。
でも、それでも。
それだけはできない。それだけは決してできない。
「・・・何故?」
彼に言われた。約束をした。
「誰に? ・・・何を?」
失ってしまったあの人に。守れなかったあの人に。
英雄に悲しい顔を似合わないと。笑顔がイイと。
だから泣かない。泣いたりしないんだ。
「そう・・・」
なのに、指先がチリチリする。
口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ。
どうしたらいい?
この痛みをどうしたらいい?
自分の胸元を掴む。息が詰まる。呼吸ができない。
頭と胸の奥がグシャグシャだ。
額に優しいぬくもり。
そっと静かに落とされた唇だったと、後で気づいた。
聖杯を捧げるように、頬に添えられた手に導かれて、顔を上げる。
優しい、優しすぎるくらいの彼女の笑顔。
すっと、漆黒の空に藍が挿した。フェオの背から、ゆっくりと、ゆっくりと夜が明けていく。
生まれたばかりの朝日が彼女の笑顔を彩り、輝かせる。
「それなら、今だけね? 今だけ、英雄はお休み・・・ね?」
朝焼けが、世界に満ちてゆく。
「この闇と光の狭間。ほんの刹那だけの、光でも闇でもない時間。今だけ英雄じゃない、ただのヒトで・・・ね? 私の若木」
いいのかな。今だけ、今だけは、いいのかな。
「いいの。いいのよ、この妖精王が許してあげる」
もう、こらえられなかった。
後から後から、涙が零れて落ちる。止められない。
嗚咽が、漏れた。
踏みにじった。祈りと願いをへし折って、自分だけが生き延びてしまった。
彼が何を望んでいたかを知りながら、その想いを理解して、共感して、分かり合えると言うのに。
また失った。また守れなかった。守るために、守りたい想いのために、この手で彼の魂を打ち滅ぼした!
「泣きなさい、私の若木。あなたの涙はまぼろし。ヒト見る良き夢。太陽に手を伸ばし続ける想いそのもの」
負けたくなかった。認めたくなかった。
だからこそ認めてほしかった。
手を取りたかった。共に歩みたかった。
なのに、なのに、もう取り返しがつかない。
「今は英雄でない、私のかわいい若木。泣いて泣いて、今だけはあなたの心に触れさせていて」
語りたい言葉あった。交わしたい言葉があった。
聞きたい話があった。教えて欲しいことがあった。
ただ・・・ああ、ただ!
ただ友達に、なりたかったんだ・・・!
「この暁のひとときだけ・・・また笑って前へと進むために・・・」
フェオの腕に縋りついて、声を上げて、泣いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの・・・フェオさん?
「なあに、若木?」
そろそろ放していただけませんでしょうか?
「あら、もういいの?」
はい、十分でございます。
どうしようかしら、なんてクスクス笑われる。
未だに抱きしめられている身では、逆らうことができない。
「若木。耳が真っ赤よ?」
勘弁しろください。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どうにかこうにか妖精王の抱擁を引っぺがして、一息つく。
すでに太陽は完全に登り、夜の残滓すら残っていない。
広がる青空に、大きく体を伸ばした。
何だろう、とても疲れたけど、とても気分が楽になった。
あんなに息苦しかったのに、今はとても落ち着ている。
「少しは、楽になったかしら?」
うん、とても。
気持ちが落ち着いたら、お腹が減ってきた。
「あら、現金な若木ね。残念だけど、手持ちにつまめる物はなくてよ」
それならと、サンドイッチの包みを取り出した。
「あなた、変な所で準備がいいわね・・・」
二人で分け合って食べるサンドイッチは、舌に感じる味よりも美味しく思えた。
誰が作ったか知らないけど、もうちょっと、ねぇ・・・とは、妖精王のお言葉。
彼女の名誉のために、製作者の名前を黙して語らなかった。
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「いくの?」
うん。もう行くよ。
「そう。またいつでもおいでなさい」
わかった。世話になったね。
「前にも言ったのだけど、若木はもっと私を頼るべきなのよ?」
次からはそうするよ。
肩をすくめながら、放り出していた武器を手にする。
神秘的な輝きを宿す、紫紺の刃金が美しも禍々しい。
彼の魂を打ち砕いた時に、その欠片が集まって産まれた魔器。
受け継いだのだと、覚えているためだと、あらためて背負いなおす。
ゴチリと、刃横が後頭部にぶつかった。
「スゴイ音がしたわよ、若木」
結構、痛い。
だけど、それが彼の態度を思い出させた。
道化のようで、本心をまるで見せない、こっちを徹底的にからかって嘲笑って・・・ムカついてきた。
だけど、らしい。
回りくどくて分かりづらい、励ましを受けた気分。
分かってるよ。もう迷わない。
一瞬、一瞬を積み重ねて、どこまでも遠くまで行ける。
遥か彼方まで進み続けて見せるさ。
だから見ていてくれ。紫魂の魔器の中で。
フェオを振り替える。
何度目だろう、彼女に助けてもらうのは。
感謝の気持ちを笑顔に変える。
フェオは嬉しそうに頷いた。
「いってらっしゃい。私のかわいい若木・・・」
いってきます、かわいくて美しい我が枝フェオちゃん。
「もう! こんな時ばかりそんなことを言うのだから!」
後は笑い声だけを背にして、足を踏み出した。
さあ、冒険を続けよう!
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その後、彷徨う階段亭にて一息入れていた時のこと。妙に落ち着かない風情でアリゼーがやってきて。
要領得ぬ会話の果て、サンドイッチの味を聞かれた。
しばし悩んだが、ウソをつくのも性に合わない。
正直に答えたら、右ストレートが飛んできた。
・・・解せぬ。
BGM:米津玄師/ピースサイン
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極ハーデス武器GET記念。
かつてセコセコとドウジンシなるものを作っていた頃の血が騒いだ。
フェオとイチャイチャしたいだけの人生でした。
後悔はドワーフの酒量くらいしてる。