・エオルゼアの新古について話しています。都合上メタ視点だぞ。
・「こういう風に俺は感じてるし考えてるヨ~」以外の意味はありません。
・各々の感性は各々で大事にしてネ。
致命的なネタバレはしてないけど、ふんわりしたネタバレみたいなのはあるヨ。
一切合切を自分自身の目で見て経験するンだ!って人は他の記事にしときな。
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エオルゼアが新生して10周年のおめでたい空気の中、
2016年10月からの冒険者で、気づけば古参側らしい俺。
エオルゼア老人会のヒトたちが言うことが一部理解できちゃう。
ケド、その人達と同年代ってワケでもない、壮年会くらいの立場。
「昔のエオルゼア、技がいっぱいで楽しそう」とか
「どうして新生には凝った仕掛けが多いの?」とか
「冒険者小隊とコンテンツサポーターの違いは?」とか
あァ、そうね……。
語られないと分からない範囲になったのネ、それってコトがあるので。
チョットお話しようかなって思ったンだけど。
どこから話したモンかねェ……。
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とりあえず、ざっくり言うとエオルゼアは5.3と6.1の時にメインクエストに改修が入った。
なので「5.3以降から遊び始めたヒト」(2020/08/11~)のヒトと、
「それ以前から遊んでいるヒト」では、メインクエストで得る情報の内容が違うンだ。
「大筋は同じ」だけど「細かいトコロは違う」……具体的に言うとネ、
5.3以降に遊んでるヒトたちは、細かい説明や補足をたくさん聞いてる状態で、
いわゆる「以後の物語の伏線になる情報」が明確に得やすいようになってる。5.2以前に遊んでたヒトは「伏線らしいもの」を「考察」するのが多かったンだけど、
「考察」は「考察」でしかなくて「真実」とは異なる可能性があるものだった。
「答え合わせ」は5.3以降の改修を受けたテキスト(クエスト)を見ていくか、
「漆黒や暁月をまた考察する」ことで得られるような状態だったンだよね。
そもそも、なんで改修が必要になったかっていうと、エオルゼア……、
FF14のストーリーは最初から全部細かく決まっていたワケじゃないからなんだよね。
一応、蒼天時代に発刊された世界設定本に「ゾディアーク」のことは書いてあるので、
「アシエンがゾディアークを信仰している」そして「ゾディアークがどこにいるか」
っていうようなコトは早いうちから(最初から?)決まっていたみたいだね。……ウン。そうそう。5.3以降に遊び始めたヒトは、「ゾディアーク」って名前や、
「主人公の中に誰かいるらしい」ってコトを新生の序盤で知ると思うンだけど……。
5.2以前に遊んでたヒトは、ゾディアークって名前は漆黒まで知らなかったンだ。
「主人公の中に誰かいるらしい」ってコトも、漆黒まで知らなかったンだ。
「漆黒になってから突然、主人公が特別なヒトになった」って驚いた人が結構いた。
俺もその一人だよ。俺は世界的に特別なヒトになるつもりなかったカラさ……。それまで「主人公」は「なんか知らないけど他より強いらしいヒト」だったし
アシエンは「真なる神」という何かを信仰して何を考えてるか分からないが、
とにかく主人公と敵対する謎の勢力――って状態だった。
5.3以降から新生編を冒険しているヒトは、アシエンにも何か事情がありそう、
そしてアシエンは主人公に何か興味を示してるって序盤から分かるよね。
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で、ええと……。戦い方のハナシね。
時々「昔のスキルセットを見たら複雑そうだけど楽しそう!」って話を聞く。
Youtubeなんかでも「消えたスキル」のモーションをまとめてくれてるヒトがいたりする。
未だに昔のデータをそのまま残してくれてる攻略サイト(単なる残骸かもだが)もある。
新生~紅蓮までに遭遇する「NPCだけが使えるスキル」に見えるモノって、
大体は「2.0~4.5までは冒険者たちも使えていたスキル」だったりするンだよね。
たとえば新生編では、ロールに関係なくケアルを使ってくるヒトたちがいるよね。
あれは「アディショナルスキル」といって、ROLEスキルより前にあった技術だ。
紅蓮(4.0)のときに冒険者たちの技術交流が行われて(と俺は解釈している)
サブクラスの有無に関わらず、ROLEに役立つスキルが共有化されたんだ。
それまでは、個人の経験(サブクラスの有無)によってアビリティの数が左右されてた。
俺もヒーラーとして活躍するために「迅速魔」「堅実魔」を覚えたかったから、
呪文の得意な「呪術士」のクラスをLv27まで上げたンだ。吟遊詩人になるためには弓術士Lv30の他に、
呪術士Lv15も必要だったしな。
声に魔力を乗せるため、魔法について学んでおく必要があったのかもしれないな。
(※吟遊詩人の「歌」はMP消費で歌い続ける→魔法攻撃と変化しています)ごめん格闘Lv15だったわ。バフのためかな……(フレーバー的には弓を引く力を上げるため?)
そうそう、学者になるときは巴術士Lv30の他に、幻術士Lv15が必要だったな。
やっぱり癒しのコトを学んでおかないと、癒し手にはなれないのかもしれないな。
……ていう「個人の経験で左右される技術」が紅蓮(4.0)カラはなくなったの。
時々一部の先輩がいう「平均化」「横並び」「画一化」ってのはこういう、
「誰でも同じことが一応できる」って状態にされたことを示している。
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「漆黒(5.0)」ではより横並びになって、全てのジョブの簡略化が行われた。
どう簡略化されたってのは今も色々直されてる都合上、言いづらいンだけど、
まー簡単に言えば「あんまり考えたり気をつけたりしなくてよくなった」
これで!?って思うヒトもいるかもしれないけど、ホントに今はラク。
ただ、そのラクになったところに難しいギミックの対応を考える頭や、
増えたダンジョンの攻略を詰め込む頭が代わりに突っ込まれてると思うケド。巴術士系列はかつて「Dot士」と呼ばれるくらい、Dot……継続ダメージが多くて、
他のジョブも何かしらの継続ダメージ技を持ってたケド、今は無いジョブもあるよね。
Dotの管理(切れそうになったら入れ直す)が難しいから減ったとは聞いた気がする。
バイオ、ミアズマ、ウィルス、シャドウフレアと4つ入れるの楽しかったンだがなァ。
白魔道士も「エアロ」を範囲化した「エアロガ」っていうのがあったね。
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グランドカンパニーの階級を上げていくと開放される「冒険者小隊」
その小隊ランクを更に上げると開放される「小隊任務」
あれ? コンテンツサポーターそっくりなのに小隊の動きが頼りないし、
小隊員が使っている技が自分たちと全然違うンじゃないか……?
って思ったヒトもいると思うンだけど、あれは「4.1に実装されたもの」なので。
「紅蓮前期の冒険者と同じスキルセットを持っている」ンだよね~。
「コンテンツサポーター」は漆黒(5.0)での実装が最初になっているカラ、
「機能として冒険者小隊(小隊任務)の方がかなり古い」ワケよ。-----
ここからは、俺の体験(思い出)と、これからに対する懸念が混ざったハナシ。
つまりは「10周年を迎えながら手放しに喜んでないヒトのハナシ」だよ。
空気読めよ~って感じだとは思うンだよねー。ゴメン。
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「小隊のカーバンクル、攻撃してる!?範囲風魔法で!?」
うん、4.1のときは冒険者のカーバンクルもそうだったのヨ……。
魔法攻撃型である風のカーバンクル・エメラルドと、
近接防御型である土のカーバンクル・トパーズを使い分けてたンだ……。
「小隊の斧術士、オーバーパワーが全然届いてない……」
まだあいつら自分のオーバーパワーが前方8m扇サイズだと思ってるのよ。
オーバーパワーは6.1のときに円形5m……斧術士(戦士)以外の範囲攻撃と同じ範囲にされたの。
ケド、小隊員たちは4.1の感覚で動いてるから、前方8mまで届いてると思い込んでるの……。
これはねェ、たぶん対応されるとしても7.0以降だと思う。
6.5でやっと新生~紅蓮までのメインストーリー関係の場所がコンテンツサポーター対応するデショ。
たぶん冒険者小隊の育成担当してたヒトたちって、今コンテンツサポーターやってると思うから。
メインストーリー側のコンテンツサポーターの対応が終わらないと動けないンだと思う。
「新米からしたら過去のコンテンツも新コンテンツだから常に楽しめるようにしてよう」
「過去コンテンツでも楽しむヒトはいるんだよゥ」って俺は思うケド、人員の限りは仕方ない。
時間の限りもね。つってもホント休んでくれねェかな。一旦。って結構思ってる……。
ずーっとなんとか定期的に何か出してくれるってのは嬉しいンだけどね。
一部分が息切れしながらみたいな状態になってないか漆黒以降ずっと心配だったりする……。
(※コロナの影響の中でもなんとかやってたのと漆黒以降の作業量がヤバいみたいな話が前提)
新人さん入れながら頑張ってる~って聞いたンだけど。
ホントこれから先も見据えててくれて応援はしたいケド。
「先」「先」「先」ってなって「過去」を切り捨てるしかないみたいなコトにならないように、
「過去も過去で大事にしてきたからこそFF14は楽しかった」ってコトを俺はぽそっと言いたい。俺は若輩者だから、FFシリーズのコト、全部は知らない。全然知らないコトもある。
ケド「FF14はFFのテーマパーク」を掲げて新生されただけあって、知ってるヒト、知らないヒト、
どっちも楽しめて、元ネタは何だろう?って気にする楽しみとか、
元ネタこれだ~!わはは!って楽しんでるヒトから楽しみをお裾分けしてもらう楽しみがある。
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北部森林の「浮き村」フォールゴウドのエーテライト付近には、昔話をするヒトがいる。
その人が言うには、一時期、冒険者が大勢この村にやってきたことがあるらしい。
誰一人、何のために来たかって話はしてくれなかったけど、本当にすごかったって。
このハナシを「新生から冒険してる」という先輩にしたとき、先輩は言った。
「ああ、フォールゴウドの話?あれはたぶん、初レイドがあったときの話じゃないかなあ」
「新生したてのときはパーティ募集はその場でするしかなかったから」
「パーティを組みたい人がフォールゴウドに集まって、本当にすごい人数だったんだ」
俺はこの経験をマージーで素晴らしいと思った。
「アプカル滝にも、昔話をするヒトがいるんだ」
「そっちは知らないな。もしかしたら旧時代(レガシー)の人なら分かるかも」
「ああ、そこにはね……」
運営側も「新生時代はものすごーく凝ってた」って自覚もあるらしい。
今は「凝るところが変わったダケ」なのかもしれないケド。
「凝らなくなっちゃったな」って感じるところもあったりして、チョット悲しい。
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新生や蒼天、紅蓮で凝ってたところ、また凝ってほしいなと思う気持ちもある。
それが何っていうのが、俺のほうからは言語化できないンだけどさ。
「漆黒からチョット違う」ってのはずっと感じてるンだよね。
「プログラム優先になっちゃったな」みたいな感じ。
プログラムは人間ほどの柔軟性をいつも持っているワケじゃないから、
プログラムが対応できるギミックを組むってなると、制限がつくンだよね。
だから「漆黒からのギミック(改修含む)」と「紅蓮までのギミック」は違う。「メインストーリーで行かない新生IDのギミック」が凝ってるのも、
「失敗したら原因を考えてやり直す、試行錯誤を楽しんでもらうのが前提だから」
「プログラムでは難しい柔軟な判断と対応ができる人間の対応前提のものだから」
「ここに挑むまでのクラスクエストの経験も計算に入れて組まれたものだから」
俺はそう解釈している。
これは難易度を高めるものだったし、時々、会話の必要もあって大変なヒトには大変だった。
ケド「それまでの経験で気づいたり身につけたりした技術で乗り越えられる」ものだった。
ただ今は「必要とされる技術が改修によって変わったので身についてない」こともあって、
「まるっきりヒントなしで対応しなくてはならない」てなったりするので50追加ID難しいのよね。
そもそも漆黒から実装された踊り子の範囲が、新生のとある「破壊しちゃいけないもの」を
思いっきり巻き込むサイズなので「ごめん踊り子さん一旦ステップ封印で」ってなったり。
(かなり難易度が上がる)(ヒーラーがめっちゃ頑張るコトになってしまう)まあ、そういう「漆黒以降、紅蓮以前で一種の隔たりみたいなのがある」のよね。今。
情報でも、技術でも、何でも。
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ていうーことをー、知ってると知らないだと世界の見え方違うのかもなーって。
時々他人のコトを見ながら思いました。まる。