
冷え込んだ夜の空気が、アラミゴの町に静かに広がっていた。
街の灯りが微かに揺れる中、ヤ・シュトラは静かに目を閉じ、思案を巡らせていた。
周囲の空気が、彼女の深い思索を邪魔することなく、ただただ重く沈んでいる。
「ゼノスの顔を持つ男……」
ヤ・シュトラがゆっくりと口にしたその言葉が、部屋の中で響く。
アリゼーがその言葉に反応する。
「ゼノスを乗っ取ったのは……やっぱりアシエンの仕業なの?」
ヤ・シュトラは首を少し傾け、静かに頷いた。
「証拠がない以上、推論でしかないけれど……そう考えるのが一番筋が通るわ」
その視線はどこか遠くを見つめていた。
「アシエンは霊的な存在よ。身体を選べば、それを乗っ取ることができる。ゼノスの体を選んだのも、きっと計画の一部――」
アリゼーはしばらく黙っていた。
彼女の瞳に映るのは、ただの戦士だった男が、今や恐ろしい存在になりつつある未来だろうか。
「アルフィノも、よくあんなところに単身乗り込んだわね」
ヤ・シュトラの言葉が、冷静に響く。
「帝国、しかもアシエンの影が色濃く残る地に。無茶もいいところだわ」
アリゼーの目に少しだけ迷いが見えた。
「でも……彼のことだから、きっと無事だって信じているわ」
「信じる……」
ヤ・シュトラは静かに微笑んだ。
「今は、それしかできないわね」
その言葉が部屋に静かに広がった。
「私たちにできることは、ただ祈ること――それだけだわ」
ヤ・シュトラの言葉は、暗闇の中で響くように消えていった。
そして、別の場所――帝国の深部では、重々しい会話が交わされていた。
ヴァリス・ゾス・ガルヴァスは、目の前に座したゼノスの顔を持つ男を見つめていた。
「……蛮神の存在は許容できぬと、そう伝えたはずだが?」
ゼノスの顔を持つ男は、わずかに顔を歪める。
「もちろん、覚えているとも……」
その声はどこか余裕を感じさせた。
「件の蛮神は、ほどなく彼の英雄によって処理された。召喚者は死に、再召喚の可能性もない」
「すべては計画の内……事態は完全に掌握できている、問題はない」
その言葉にヴァリスは黙って頷くしかなかった。
だが、彼の目の奥に隠された不安は消えなかった。
ゼノスの顔を持つ男は、再びその冷たい目をヴァリスに向ける。
「案ずるな……私の望みは、星の救済なのだから……」
その声はまるで、遠い未来の予兆のようだった。
その言葉が消えると同時に、空気が重くなり、暗闇が広がった。
アラミゴ――廃棄兵器集積場
アラミゴの外れ、ひと気のない廃棄兵器の集積場で、冷たい風が吹き荒れていた。
朽ちた武器や機械が無造作に散らばり、闇の中にひっそりと横たわっている。
「ん?」
一人のルガディン族の闘士が、目の前に立つ影を見つけた。
「こんな廃棄兵器の集積場で何をやっている?」
「返事をしろ、怪しい奴め……何者だ!」
だが、男は一切答えなかった。
ルガディン族の闘士が進み寄ろうとしたその時――
「お、おい……!」
闘士は急に足を止め、顔をゆがめた。
その目の前で、無音のうちに刃が閃き、闘士の身体が崩れ落ちた。
「ぐあっ!」
彼の声は一瞬で切り裂かれ、闇の中へ消えていった。
闇に立つ男の姿が浮かび上がる。
冷徹な眼差し、刀を持つ手――
「何者……か」
男の声が低く、静かに響く。
「果たして、この俺は何者なのだろうな?」
その言葉には、何とも言えない虚無感が漂っていた。
男はゆっくりと刀を納め、続ける。
「先など決して在るべきものかとも思ったが……
どうやら、俺は死すら超越したらしい」
そして、風が吹く――
「ならば、すべてを取り戻し、さらなる力を得て、またお前と…………」
その言葉が、闇の中で響き渡り、やがて消えていく。
夜は深まり、物語は静かに、新たな章へと続いていく――。