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Juliette Blancheneige

The Meat Shield

Alexander [Gaia]

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『Fire after Fire』1(前)(『Mon étoile』第二部四章)

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 荒野を一望できる崖の上。
 そこに、数人の集団が立ち、荒野を――黒煙を吐く荒野の一点を――見つめていた。
 やがて、巨大な火柱が、地下から地上へと天を衝くように吹き上がる。
「エーテル反応計測」
 集団の一人が言った。まだ若い少女のミッドランダーに見える。その前には、魔力で作られた青い球体が浮遊していた。その球体の中に、この地域一帯の地形が浮かび上がっている。
「――残存する生体エーテル反応、ありません」
 少女の報告に、崖の先端に立つ金髪の男は深い溜息を吐いた。
「……やっと、か。何機やられた?」
 男は振り返らずに問う。その目線は、爆発炎上し、内側へと崩壊していく地下施設から動かない。
「十五機。内十機全損、さらに八機は人造魂魄も消失しました」
 男の傍らに立つ、背の高い青年が報告した。青年は左腕から先が無かった。その周囲にいる少年少女たちも、全員が何らかの傷を負っていた。
「……そうか。十二魔戦公を二人倒したのだから、むしろ少ない損失だ」
 感情の無い声で男は言い、その後で、その分の感情を詰め込んだように一言呟いた。
「クソが」
 しばらく、誰もが無言だった。
 崩壊する地下施設が土砂を舞い上げる。ザナラーンの荒野が黄土色に染まる。
「ん……」
 そのとき、男の足元で声がした。
 この場にいる者の中で、たった一人寝かされている少女の声だ。
 アウラ族らしい少女は、全身におびただしい傷が――手術痕があった。鳩尾の辺りで、魔力を帯びた黒い光が放たれている。褐色の裸身全体に、魔力の光が明滅しながら走る。
 初めて、男が眼下から視線を外した。少女を見る。少女は目を閉じたままだが、苦しそうに息を吐いている。
「この実験体、どう解析しますか」
 青年が問うのに、男は首を振る。自身の外套を外すと、少女をそれでくるんだ。
「生命維持が最優先。暴走等の危険性がないのは、今視てわかる。――それとな」
 男は、少女の顔に付いた血を拭ってから言う。
「もう実験体じゃない。彼女は人間だ。以後、この少女を実験体と呼ぶことを禁ずる」
「承知しました」
 青年が淡々と了承し、他の両腕が使える少年がアウラの少女を横抱きで持ち上げた。
「ファーザフはミラージュシフトを起動させてここに残れ。誰が来るか、何が来るか見張れ。アクラーフは施設へ向かえ。万が一にでも生存者がいた場合は殺せ」
「は」
「受諾しました」
 男の命令に、集団の中で最も負傷の少ない男女が応える。それに頷き返してから、男は呪文を詠唱した。残ることになった二人を除いた全員が、それぞれの体を覆うような大きさの“泡”に包まれ――消えた。
 後に残った二人は、一人がその場で姿が薄まって消えていき、もう一人は崖の下へ――土砂で埋まった縦穴へと向かっていった。

 あとには何も残らない。 
 昼の強烈な日差しが照りつける荒野があるだけだ。
 ザナラーンの大地に、静寂が戻りつつあった。
 
1-1

「うま。んぐ。これうま」
 ノノノは豚肉のピカタを残らず平らげた。
 口の中を空にした後、ララフェルにはとても大きいサイズになるはずのジョッキからビールを飲む。並々と注がれたジョッキの中身を一気に飲み干した。
「むは」
 大きく息を吐く。通りすがった給仕の女性が笑いながら声をかけてきた。
「いい飲みっぷりだね! 次はどうする?」
「おんなじの」
 空のジョッキを手にした女性が、あいよぅ! と明るく請け負う。
「それから」
 去ろうとする女性を呼び止める。
「挽肉のキャベツ巻きと、ベーコンエピちょうだい」
「あはっ! いい食欲だねお客さん! 挽肉のキャベツ巻きとベーコンエピ! かしこまり!」
 破顔した女性がカウンターへと戻っていく。ほとんど入れ替わりに別の店員がやってきて、ノノノの卓にジョッキを置いた。
「おまちどう!」
 手際のよさに感心しながらビールを飲む。今度は一息ではいかず、少しずつだ。
「美味しいなここのビール……憶えとこ」
 独り言をつぶやきながら、周囲を見渡す。
 モードゥナ、セブンスヘヴン。冒険者の街であるモードゥナでもっとも盛況な酒場だけあって、店内は喧騒に包まれていた。客もほとんどが冒険者で、残りはここへ取引にくる商人や職人たちだ。クィックサンドや溺れた海豚亭、カーラインカフェと比べても、より冒険者の数が多い気がする。
 ノノノはここで人を待っている。
 『兄弟子』からの指定だ。

 パスファインダーズの面々と別れて以降、ノノノは二週間ほど一人で修行していた。フィンタン曰く、『兄弟子』の都合がつくのに二週間程度時間がかかるということだった。
 塔の管理を行う魔法生物たちは皆総出で、オズマ・トライアルの欠片を解析するフィンタンを補佐している。そのため試練場も使えず、結局ノノノは隠れ里を出て各地の冒険者ギルドやグランドカンパニーの仕事を請け負い、実戦を繰り返していた。
 そして昨日、フィンタンを経由した『兄弟子』からの指示で、ノノノはここモードゥナへやってきたのだった。
「そういえば、名前も聞いてないや」
 ベーコンエピをかじりながら、ノノノは肩を竦めた。
「うーん。会ったことないけど……」
 ジョッキをあおる。それで三杯目のビールは終わりだ。もう一杯くらいいけるかな、とノノノが店員を呼び止めようとしたときだった。
 酒場の扉が開いた。

 その人が酒場に現れたときのことを、ノノノは生涯忘れないだろう。
 
 炎が、人の形を成したのかと思った。
 比喩ではなく、ノノノはその人のエーテルを無意識のうちに見てしまっていたのだ。
 胸の奥に、真っ黒な穴がある。炎はそこから黒焔となって噴き出し、少しずつ赤くなっていく。
 鮮烈で、危うさと――儚さを感じさせる炎の揺らめき。
 炎の人が、ノノノのほうに歩いてくる。
「よう」
 声をかけられて、ノノノは我に返る。目の前にいるのは、アウラ族の女性だ。褐色の肌。鼻筋や顎、首を覆う青黒い鱗。ララフェルやヒューランの『耳』にあたる位置から、鱗と同じ色の角が生えている。
 ノノノはほとんどアウラ族を見たことがない。なので目の前の女性の年齢はよくわからないが、おそらく二十代半ば――自分と大差ないように見える。
「ノノノ、で合ってるか? あたしはリシュヤ。リシュヤ・シュリンガ。オマエの『兄弟子』ってヤツだ」
「あにでし?」
 フィンタンは確かに『兄弟子』と言った。けれど、目の前のリシュヤと名乗った人物は女性にしか見えない。
「ん? ああ、慣用句だろ?」
 リシュヤは肩を竦めて苦笑した。
「先に師事してる弟子は性別関係なく『兄弟子』でいいんだよ。性別で言や、あたしは『姉弟子』だがな。細かいことは気にすんなよ」
 そう言って、ノノノの向かいに腰を下ろした。
「いらっしゃい、リシュヤ」
 脇から声がかかった。この店の女主人、アリスだ。白い肌と金髪が特徴的なハイランダーの美女。互いの気安い感じから、友人なのだろうとノノノは思った。
「よ、アリス」
 軽く手を上げてリシュヤが挨拶する。
「何にする?」
「そうだな。仕事(ビズ)前だ、『炎』で頼む」
「わかったわ。少し待ってて」
 頷いたアリスがカウンターへ戻っていく。
「『炎』?」
「裏メニューみたいなもんさ。あたしらはここを基点に活動してるもんでね。常連だけ知ってるのがあるんだよ」
「さっき、仕事、って言ったけど」
「オマエ質問ばっかだな!」
 リシュヤが笑うが、ノノノはそれはそうだよ、と膨れてみせた。
「わたしはリシュヤのことなんにも知らない。師匠から聞いたこともなかったし」
「……ああ。そりゃあ、あたしがクソオヤジに黙ってろって言ったからさ」
「なんで?」
 その問いに、リシュヤは即答せずにノノノを見つめた。
「……?」
 少しだけ、声を潜める。
「――世の中、知らないほうがいいこともある。しがらみに縛られてないってのは、すげえイイコトだぜ?」
「わかんない。じゃあ、なんで今は会う気になったん?」
「そりゃあ」
 言いかけてから口をつぐむ。アリスが、蒸留酒用のグラスを持ってきたからだ。グラスには、半ばまで琥珀色の蒸留酒が注がれている。香りから判断するに、相当強い酒だ。
「おまちどうさま」
 アリスがリシュヤの前にグラスを置く。それから、もう片方の手に持っていた小皿から、赤く光る欠片をグラスへ注いだ。ノノノには、それはファイヤシャードを細かく砕いたモノに見えた。
 そんなものをグラスの中に入れてどうしようというのだろう。
 ノノノの目の前で、リシュヤがグラスを持ち上げながら――グラスの中身へ、ほんの少しだけ魔力を注ぎ込んだ。
 次の瞬間、グラスの中に小さな炎が生まれる。
 それを、リシュヤは一息で飲み干した。
 炎が。
 リシュヤのエーテルに浸透していくように見えた。頬が軽く上気し、深い吐息を漏らす。
 グラスを置くと、リシュヤは立ち上がった。
「また来る。コイツの分も、あたしんとこにツケといてくれ」
「へ?」
 目線でついてくるように促される。戸惑う間に、リシュヤはどんどんと進んでいってしまう。
「ちょ」
 慌ててアリスに目礼だけして、ノノノは走ってリシュヤを追う。
「どこいくの?」
「仕事前だって言ったろ」
「冒険者としての仕事、ってこと?」
 追ってくるノノノをチラリと振り返って、リシュヤは肯定の頷きをする。
「ああ。――今回は、な」
「……?」
 含みを持たせた言い方。さらに問いかけようとしたノノノへ、今度はリシュヤから問いかけが飛んだ。
「オマエ、師匠から『マハの残党』の話は聞いたか?」
「ちょっとだけ」
 魔大戦と第六霊災を生き延びた、マハ主戦派の者たちがいる、という話はフィンタンから聞いていた。マハからベラフディアに連なる者たちとは全く別に、歴史の闇にて蠢き続けた者たち。
「その、マハの主戦派残党――『アビス』と名乗る連中が、師匠とあたしの敵だ」
「『アビス』……」
 街を抜けて銀泪湖畔へ。人の往来が絶えた場所で、リシュヤは語りながら歩き続ける。
「奴らがこの千五百年後の今まで生き延びて、何を狙ってると思う?」
「――マハの復活……?」
「そうだ。だが、それだけじゃあ不足だ。魔大戦当時、マハは何を目標にしていた?」
「……世界、征服」
「そう。奴らは、マハがやりかかったことをもう一回やろうとしてる。それを潰そうっていうのが、あたしらの本来の仕事」
「“あたしら”……」
 湖畔の崖の上に、人影が見える。リシュヤは、彼らのほうへと向かいながら言った。
「ああ。あたしら『アージ』の、な」

1-2

 崖の上にいるのは三人の男女だった。それが分かるくらいまで近付いたところで、リシュヤは彼らへ軽く手を上げて挨拶をした。
「連れてきたぜ」
「来たな」
 ゼーヴォルフの男がにやりと笑いながら応じた。ルガディン男性としても大柄なほうだろう。その背に、巨大な戦斧を背負っている。
「俺はハルドボルン・ディルストファルシン。見ての通りの斧術士だ。よろしくな!」
 三十代前半くらいだろうか。傷だらけの顔が、人懐っこそうに笑ってノノノを見た。話しかけやすそうな人だな、とノノノは感じた。
「――ファタタ・ファタ。『学者』、で通じるかしら?」
 ハルドボルンの隣に立っていたプレーンフォークの女性が言った。たぶんノノノより年上だ。水色の長い髪、アンダーリムの眼鏡。
 その言葉と同時に、彼女の周囲を光に包まれた小さなモノが舞った。フェアリーだ。
「うん。知ってる。前にも組んだことあったから」
 ファタタが、少し驚いた顔をした。黒魔道士もそうだが、習得するために縁故や血筋、あるいは類まれなる偶然を必要とするジョブは存在する。学者もそのひとつだ。
 魔大戦で滅んだ海洋国家ニームで生まれた軍学魔法。ニームが滅んだ後はそれを表立って継承する場所も人物も無く、したがってかの英雄『光の戦士』をはじめとした、ごく少数の使い手がいるのみだ。
「それなら話は早いわね。彼が護り手で、私が癒し手。リシュヤと貴方が攻め手。今回はこの構成で“仕事”をすることになるわ」
「ん?」
 ファタタの言葉に、ノノノは目を丸くしながら最後の一人を見た。では、彼はなんなのだろう。
「ああ、アタシのコトでございますね」
 ミッドランダーの青年が穏やかに微笑みながら言った。取り立てて特徴のない容姿。雑踏に紛れれば、その途端に所在が分からなくなってしまいそうな、そんな印象だ。
「ラクヨウと申します。情報屋でございまして。裏方として皆様をお支えするのが仕事でございます」
 柔らかで如才ない物腰で一礼する。その過不足の無さが、余計に個性を殺していた。
「あたしら――ってもラクヨウ以外か。あたしら三人は、皆『アビス』にゃあ遺恨がある」
 リシュヤがその名を口にした途端、ハルドボルンは笑みを消した。ファタタは目を閉じた。どちらも、己の裡にある“なにか”を抑えるためだ。
「叩き潰すことに一切の躊躇は無え」
 続けてそう言い、リシュヤは笑った。それもまた――裡にあるモノが耐え切れずに噴き出した。そういう笑みだった。
「――で、そっちの嬢ちゃんはリシュヤの妹弟子ってコトでいいんだよな」
 気を取り直したように、ハルドボルンがノノノへ問いかけた。
「うん。ノノノ・ノノ。同じ師匠の弟子」
 よろしく、と礼をする。
「ついでに言や、こいつも『アビス』にゃ関係がある」
 ハルドボルンとファタタの表情が変わる。それ以前にノノノが一番驚いた顔をしていた。
「いつどこで!?」
「どこでも何も、オマエは何から大事な仲間を取り返そうとしてるんだ?」
 腕組みをしたリシュヤが言った。
「それは……オズマ・トライアルから……」
「あたしはさっき、『アビス』は「マハがやりかかったことをもう一回やろうとしてる」って言ったぜ」
「あ……!」
 マハはオズマを以って世界征服をしようとしていた。
 ならば、その複製であるオズマ・トライアルが現世に復活しているのであれば。
「そう。必ず奴等はオマエの前に現れるし、オズマ・トライアルを奪おうとしてくる。中身がどうしたとか関係ねえ。むしろ、生体コアが挿入済みなら手が省けていい、くらいの認識だ」
「それは……!」
「わかるだろ。もう、とっくに他人事じゃなくなってんだよ」
 それは。
 それは、ダメだ。
 あの日のことが脳裏に浮かぶ。完膚なきまでの敗北。意識を失いかかりながら聞いた、ヤヤカの悲嘆の声。
 必ず。
 必ず取り戻すと決めた。
 絶対だ。
 それだけは、何を引き換えにしても叶えなければならない。
 何が立ちはだかろうとも。
 誰にも邪魔はさせない……!
「そっか。じゃあ、敵だ」
 淡々と言った。
 自分がどんな表情をしているのか、ノノノにはわからない。ただ、ハルドボルンとファタタは目を見張ってノノノを見た。
「――てことで、妹弟子の紹介はおしまい。今の返事以上に説明、要るか?」
「十分ね」
「おう」
 ごくあっさりと、二人はリシュヤの言葉を肯定した。
 こうして、期間限定であるが、ノノノ・ノノは彼ら『アージ』の一員となった。

1-3

 今回の仕事には『協力者』の所有する飛空挺を使用して移動することになっている。ただ、その飛空挺が遅れているため、しばらくここで待つことになるようだという。
「その間に、『アビス』について説明しておくわ」
 ファタタの言葉に、ノノノは神妙に頷いた。
「『アビス』の最終目的は世界征服。その前提となるのはマハの再興。彼らはその準備を、第六霊災の直後から今までじっくりと進めてきた。
 戦力の獲得と実験のために、人を攫って実験材料にすること。
 同じように魔大戦から生き延び、密かに技術を継承する者たちを探し出して襲い、その技術を奪うこと。
 冒険者に紛れて遺跡探索し、古代の技術を蒐集する者なんていうのもあるわね」
「いろいろやってる……」
「そうね。それから、彼らには妖異の研究過程で得られた一種の不老不死化技術がある。それを、各国の中枢に近しい人々や富裕層に対してちらつかせているわ。
 そういう目先の餌で、影響力を少しずつ浸透させてる。かのガレマール帝国の内部にも、彼らに協力するものたちはいるそうよ」
「質問」
 ノノノが手を上げる。
「どうぞ、ノノノさん」
 まるで生徒を扱うように、ファタタはノノノを指名する。
「『アビス』のヒトたちは、ずっと生きてるの?」
「そういう者もいる。けれど構成員全員がそう、というわけでは無いようね」
 ファタタがそこまで語ったところで、青燐機関の駆動音がした。こちらに近付いてくる。
「おう、おいでなすったな」
 ハルドボルンが空を仰いで言う。上空で旋回したブロンコ級の飛空艇が、銀泪湖の湖面に風紋を刻んでこちらへと向かってきた。
「お待たせしましたー!」
 操縦桿を握って立っているのがメイド服の女性だったので、ノノノは目を丸くした。
「そっちが新人さんっすね! 初めまして! 『サンセット・スカイ』号の運転手を務めます、キ・ラシャっす!」
 メイド服のミコッテ少女が、その服装の者には似つかわしくないとされる口調で元気に挨拶をしたので、ノノノは目を丸くし続けた。
「じょうほうりょうがおおい」
「なんすか?」
「なんでもない」
「今回も頼むぜ、ラシャ」
「はいな姐さん! お乗りください!」
 リシュヤに向かって立てた親指で、そのまま艇内を指し示す。空賊がたまたまメイド服を着ているような絵面だが、本人もリシュヤも気に留めていなかった。

「……といいつつ、今回のお仕事は直接アビスと繋がるモノじゃあないんですけどね。小手調べと言うか、細かい“網張り”の一つですね」
 ラクヨウが言う。他の者たちは淡々としているので、これは自分向けの説明なのだとノノノは理解した。

 南ザナラーンでウルダハの隊商が襲われた。
 積み荷は根こそぎ奪われ、代表者の商人が誘拐された。それ以外の者はすべて殺された。
 そして、ウルダハの商人の店へと身代金の要求書が届けられた。
 店主の妻をはじめとする店側の者たちは、当初身代金を呑む気でいた。だが、二代目としてウルダハの店舗側の切り盛りを任されていた商人の息子は、冒険者ギルドへ依頼するほうを選んだ。
 身代金を支払わずに、冒険者へ父の奪還及び犯人の拘束を依頼したのだ。
 
「それを最速でもぎ取ってきました」
 ラクヨウはにこやかにそう告げた。
 それはウルダハの商人としては常識の範囲だとノノノは思う。ここで身代金を払えば、無数にいるならず者たちに『あの店は身代金を出す店』と喧伝することになる。
 子飼いの私兵や、つながりのある犯罪者集団を有しているのでなければ、冒険者に依頼するのは間違っていない。
「少し調べたところ、すぐに事情は知れました。トラップクロウィックスが仲介した案件ですね」
「あいつか!」
「おや、ご存じで」
「あいつが仲介した仕事を潰したことある。本人を捕らえて、っていう仕事も受けたことある。失敗したけど」
 憮然とするノノノに、ラクヨウがにこやかに頷いた。
「さすがにウルダハの冒険者。話が早くて助かります」
「逆に俺ァよく知らねえな。何だソイツは」
 ハルドボルンが首を振った。
「ようございます。ご説明いたしましょう」
 “犯罪コーディネーター”トラップクロウィックス。
 それはウルダハの裏稼業界隈では名の知れたゴブリンの名だった。
 非合法の依頼を受け付け、犯罪行為に手慣れたアウトローたちにそれを『仕事』として紹介する。
 いわば裏の冒険者ギルドのようなものだ。
 実行犯を捕らえることはできても、巧妙に立ち回るトラップクロウィックスを捕らえることができず、それゆえに事件の『依頼者』、つまりその犯罪行為を起こしてほしいと望んだ者を知ることが非常に困難だ。
「おお、なるほどなぁ。上手いこと考える奴がいたもんだ」
 感心して何度も頷くハルドボルンに、ファタタが呆れた顔を向ける。苦言を呈する前に、
「その商人はお前の『網』に引っ掛かってるやつなのか?」
 リシュヤが訊いた。
「いいえ」
 ラクヨウは即座に否定する。
「誘拐されたゴゴロ・ゾゾロ氏は最近名を上げてきた新興商人です。まだ、“そういうこと”を考えるような立場ではないですね。
 ただ、彼が急成長したことによって圧迫されている老舗がございまして。そこのトップは私とレルネ様の『網』に掛かっている人物です。
 彼を探っている最中に、偶然、その腹心が“犯罪コーディネーター”と接触した形跡を見つけてしまいまして」
「なるほどね。頓挫させて再接触させようってことね」
 ファタタが頷く。
「あ? どういうこった」
 ハルドボルンが首を傾げる。それを横目で見ながら、ファタタはノノノに問う。
「ノノノ。あなたは分かる?」
「――身代金も取れないしゴゴロも死なない。依頼人の望む結果がなにひとつ出なかった場合、依頼人はコーディネーターを詰めに行くでしょ。商人だから、依頼料を値切ったりするかも。で、そこを押さえに行って……」
 そこでノノノの思考は迷子になった。む? と呟いて説明が止まる。
「押さえに行って……公表でもするの?」
「いえいえ。表沙汰にはいたしませんよ」
 ラクヨウがにこやかに否定した。
「それをきっかけにして、その依頼人と繋がりを持っておくのです。より監視がしやすいように」
「『この件はこちらの胸にとどめておきますので、どうかよろしく』――お金とか、便宜とか、仕事とか。旨味を求めている、と相手に思わせて、彼らの陣営に潜り込むの。
 そうやって、彼らが『アビス』とつながりがあるのかどうかを見定めるってこと」
「……なるほど」
「『アビス』は当然だがそう名乗って活動してるワケじゃねえ」
 リシュヤが、自身の装備を点検しながら言う。
「子供向けの剣撃芝居みたいに、街に怪人が現れた! 出動だヒーロー! 悪の野望をくじけ! ――てな感じで奴らを倒せんなら、話が早くて助かるんだがな。そうもいかねえ」
 風に運ばれた砂塵が、飛空艇の周囲を一瞬だけ黄色く染めた。照りつける陽光の厳しさ。ザナラーンの荒野が眼下に広がっていた。
「実行犯の潜伏場所は知れています。今回はそこを急襲して人質を救出しよう、という仕事でございます」
 ラクヨウが解説する間に、飛空艇は南ザナラーンの外れへと飛ぶ。複雑な断崖の続く峡谷の間へ、艇は高度を落として侵入しつつあった。
「で、肝心の実行犯のほうは情報はねえのかい、ラクヨウさんよ」
 ハルドボルンの問いに、ラクヨウは「ございますとも」と微笑んだ。彼が凄腕の情報屋であることは間違いないとノノノは感心した。
「実行犯は『黒犬一味』と称する犯罪者集団です。隊商の襲撃に、ゴーレムを用いていたという目撃情報がございまして。であればほぼ間違いございません。
 過去の冒険によって見つけたベラフディアの呪具を用い、ゴーレムを操ることのできる元冒険者の呪術士、ドギー“ザ・ブラック”を首領とする集団です」
「聞いたことある」
 ノノノが言う。
「“操る”だけじゃなくって、“創る”、“創ったものを呼び出す”ができるって聞いた」
「そのようですね」
「てえことは、これから向かう場所にはゴーレムがうじゃうじゃいるかもしれねえ、ってコトか」
 腕組みをして、ハルドボルンはにやりと笑った。
「壊しがいがありそうだ」
「他にそれなりに名の知れた幹部が三人ほど、あとは雑魚です」
「トップを潰せば造作も無ぇ。易い仕事さ」
 リシュヤがこともなげに言う。そこへファタタが眉根を寄せて釘を刺した。
「目的はあくまで人質の救出。それを忘れないで」
「それはラクヨウに任せる」
 即答したリシュヤに、ラクヨウが細い目を見開いて抗議する。
「アタシがですか!? いやいやそれは無理でございますよ」
「初手でデカいのぶっ放す。注意がこっちに向いたところで隙見て連れ出せ」
「それは……」
 なおも抗議しかかったラクヨウだったが、リシュヤが本気で言っていると分かると口をつぐんだ。盛大に溜息を吐いて肩を落とした。
「……仕方ない。特別ですよ」

Fire after Fire』1(後)に続く
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Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

セブンスヘヴン。
『Light My Fire』の時にも描写した気がするのですが、ゲーム中であの酒場が不自然に机が無いのは、石の家の入口で、パッチ明けなどはムービーマークのついたプレイヤーがそこにいっぱい並んでしまうからスペースを開けているにすぎない、と思うのです。
本来ならにぎわう酒場のはずなので、敢えてゲームとは違いわいわいがやがやさせてみました。
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