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Juliette Blancheneige

The Meat Shield

Alexander [Gaia]

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『Sweetest Coma Again』3(『Mon étoile』第二部四章)

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3-1

 その日、アイ・ハヌム遺跡には幻術士ギルドから派遣された調査隊と、その護衛役である双蛇党の兵士、合わせて数十人が滞在していた。
 彼らが油断していたわけではない。だが、兵士たちが警戒していたのは森の魔物や野盗であり、調査隊に至ってはその半数以上が幻術士ではなく、ギルドに協力を申し出た学者たちだった。
 ゆえに。
 忽然と現れた白いローブの男が、伴っていた人間大の石人形――いわゆるゴーレム――に殺戮を命じても、彼らには事態が把握できなかった。
「何が――うッ!!」
 悲鳴に駆け付けた兵士たちは、惨状に言葉を失った。鎧を着た人によく似た石人形が、手にした石剣で学者たちを殴打していく。打たれた者は吹き飛び、あるいはその場で倒れ、物言わぬ捻じくれたオブジェと化した。
「おのれ!」
 兵士たちは石人形に殺到した。だが、彼らの槍や剣は石人形の表皮をわずかに削り取るだけだ。一斉に打たれた石人形が動きを止め――兜の内側で不気味に光る単眼から、赤い光条を放った。
「ぐぁッ!!」
 頭部が一回転し、光条も一回転した。恐ろしい威力を誇る光条が、兵士たちの体を容赦なく切断していった。
 血飛沫が舞う。その様を見つめ、白いローブの男が言った。
「醜い」
 男は、顔をすべて覆う、白銀の仮面を身に着けている。仮面には、悲嘆に暮れる人の顔を抽象化したような、目と口に見えなくもない切れ込みがある。だが、切れ込みの中は暗く、その奥の目や口までは見通せない。
「脆く、無様。実に不愉快だ」
 その声は仮面越しで歪んではいるが、老年の男性のものに聴こえる。
「……貴様!」
 後から駆け付けた兵士が、男へと突きかかった。男を止めれば石人形も止まる。そう判断しての攻撃だった。
 だが。
 兵士の槍は、男のローブを貫けない。その手前で、見えない鎧に阻まれたように切っ先が止まった。城壁にでも打ち込んだような、絶望的な手応え。
「な……!」
「アダマントスキン」
 男が、魔法の名を告げたのだと兵士には理解できない。男は構わず続ける。
「真の白魔道士のみ行使できる、正しき魔法だ」
 淡々と告げる。その手に、眩い光が宿った。光輝は収束し、武器の形に凝った。長大な柄と同じくらい長大な刃を持つ両手鎌。
「歓喜せよ。法悦せよ。光臨武器である」
 男は鎌を振るう。重さが無いのか、素手を振るように無雑作な攻撃。だが、疾い。射程の長さを読んで後退しようとした兵士は間に合わず、その胴を両断された。
「……ァ……!」
 無惨に転がった死体を一瞥すらせずに、仮面の男は生き残っている学者や、戦意を喪失した幻術士や兵士たちのほうを向く。ひっ、と恐怖の叫びが上がった。
 そのとき。
「おっ待たせぇカリアス」
 若い女の声がした。
 遺跡の奥から一人歩いてくる。男のローブと似た意匠の服をまとっているが、きつく絞っているために身体の線が露になっている。仮面は、左目の周囲と鼻から下が無い。濡れた瞳と淫靡な唇の持ち主が、蠱惑的な肢体を揺らせて歩く。
 その手には、遺跡の地下にあった柱の中心に据えられた球体――かつてリリとラヤ・オが『アイ・ハヌム』に取り込まれた際に動いていたもの――を抱えている。
「――みだりに名を口に出すものではありません、『公平(インパシアリティ)』」
 男が厳しく指摘した。不出来な生徒に注意する教師のそれだった。
「はいはい。相変わらずカタいよねえ、『恪勤(ディリジェンス)』は」
 『公平』と呼ばれた女が肩を竦める。少しも堪えたように見えない。
「目的は果たしました。帰還しましょう」
 『恪勤』が言った。石人形が、足元に現れた魔法陣の中に沈んで消えていく。
「はぁい」
 気軽に『公平』が応じる。生き残った者たちは、恐怖に麻痺した思考の中で助かった、と思った。
 二、三歩歩きだした後、『公平』が突然振り向いた。
「じゃあね、“汚れた血”のみ・ん・な」
 唇に指を当て、投げるように翻す――投げキッスをした直後に呟いた。
「ゼノエアロ」
 突如、生き残った者たちがもがき苦しみ始めた。溶解性の毒が、凄まじいスピードで空気中に拡散したのだ。
「ぐぁッ!?」
 空気に触れた部分は、皮膚であろうが目であろうが、服であろうが鎧であろうが、溶けた。溶け去るような強力なモノではない。が、じわり、とすべてのものが溶けた。
「ぎゃああああ!」
 叫ぶ口のなかへも毒が侵入し、体内を溶解していく。
「あはぁ」
 凄惨極まりない殺戮現場を目にして、『公平』は笑った。性的な興奮を伴った、蕩けるような笑みだ。
 それから、その現場を目に焼き付けるように何度か振り返りながら、女はその場を立ち去る。男が開いた空間の裂け目へと向かう。
 二人が消え去る。
 ゆっくりとした地獄は、魔法の効果が消失するまで――おおよそ三十分あまり続いた。毒は風に乗り拡散し、森の木々や動物たちをも溶かし、殺した。
 夕刻のアイ・ハヌム遺跡に、禍々しい静寂が訪れた。

3-2

「状況は!」
 襲撃の報を聞いたラヤ・オ・センナは、供のモーグリ達さえ置き去りにするスピードでアイ・ハヌム遺跡へ駆けつけた。
「――ッ!」
 一目見ただけでわかる。死体が片付けられていてもわかる。残留エーテルが、死者が焼き付けた恐怖と絶望の思念がラヤ・オに教える。虐殺だ。ここで、虐殺が行われたのだ。
「……!」
 叫びたくなるのをラヤ・オは堪えた。ここは今、幻術士ギルドと精霊評議会の管轄になっており、ラヤ・オ自身が積極的に指揮を執っていたわけではない。だが、ものがものだけに、心を砕いていたのだ。だから。
 自分一人の責ではないと分かっていても。
 警備を甘くしたことは失策だ。
 ここの重要さを考えれば、もっと警備も連絡体制も確立しておくべきだった。
 遺跡には現在、双蛇党を中心とした戦闘部隊が展開し、物々しい警備態勢を敷いている。遅い。ことがあってから強化されても、何の意味もない。
「ラヤ・オ様!」
 士官が駆けつけてくる。
「負傷者はどこ!」
 挨拶もなしに、ラヤ・オは乱暴に問うた。面食らいながらも、士官が指をさす。
「あちらです! しかし――」
 問答を許さず、ラヤ・オは走った。遺跡の奥に建てられた、仮設医療室へ飛び込む。
 だが。
 そこにはラヤ・オの予想を超えた光景があった。 
 幻術士たちが治癒を行っているのは一人。たった一人だ。その傍らで、学者らしい女性が泣きじゃくっている。女性はこの辺りでは珍しいアウラだ。彼女は、体のあちこちに包帯が巻かれてはいるものの、十分無事の範疇内だ。
 あとは。
 奥のしつらえた広い敷布に置かれた、死体たちだけだ。
「な……」
 絶句したラヤ・オは、しかし瞬時に我に返った。幻術士が治癒を行っているシェーダーらしい青年兵士は、このままでは死ぬ。うつ伏せになった背中側の皮膚が溶けているのだ。今にも消えそうな命の炎を、ラヤ・オは感じ取った。
「……させるか!」
 短く鋭い叫びを放ってから、幻術士たちの治癒に参加する。
「あたしがエーテルを注ぎ込みます! 皆はありったけのエスナを!」
 角尊の登場に幻術士たちは驚いたが、彼らとて黒衣森の幻術士だ。それで手を止めるほど愚かではない。頷くと、ラヤ・オの指示通りに詠唱を始める。
「この人、私をかばってくれたんです!」
 学者の女性が、泣きながら言った。
「自分も撃たれたのに、そのまま私を倒れた自分の下に隠して、死んだふりをしろ、って……!」
 今は一糸まとわず、うつ伏せにされている兵士の右肩に貫通した痕がある。帝国の魔導兵器が使用する、レーザーだったか? そんな名前の兵器で撃たれるとこうなることをラヤ・オは経験則で知っている。
 殺戮者は帝国なのか? 状況を問いたださねばならないが、それは後だ。
「わかったわ。見上げた根性じゃない! 絶対死なせないから、あとでちゃんとお礼を言うのよ!」
「……はい!」
 ラヤ・オは言い終わると精神を集中させた。兵士の魂の揺らぎを感じ取り、それに合うように、自分のエーテルを調律していく。消えかかった兵士の魂へ、揺らぎ消えゆくその炎へ、自分のエーテルを注ぎ込む。
「――ベネディクション」
 通常、戦闘で使用するときのベネディクションとは詠唱の構造を変化させている。一気に注ぎ込むのではなく、兵士の魂が消えぬように支えながら、その内側へゆっくりと注ぎ込むのだ。
 幻術士たちの唱えるエスナで、溶けた皮膚を再生させる。完全に元通りとはいかないが、肉体が生き続ける根拠を与えるには必要な処置だ。
 やがて。
 仮設医療室を包んでいた癒しの光が収まる。
「――ふう……」
 深く息を吐いて、ラヤ・オは肩の力を抜く。幻術士たちも、安堵の声を上げる。座り込む者もいる。
「終わったわよ。彼、生きてる」
「……!」
 泣きじゃくっていたにも関わらず、さらに大粒の涙を流して学者は泣いた。よかった、という言葉さえ詰まるほどに、感極まった泣き方だった。
「………………うるさい……な」
 ぽつりと、うつ伏せの兵士が呟いた。うっすらと目を開けている。生きている。そのはっきりとした証左に、学者が喜びながら泣いた。
「あっ……ご……めん……な……さい」
「言い方!」
 ラヤ・オが兵士の頭を軽く叩いた。再生したばかりで痛みに弱い肌を叩かれて、兵士は声なき悲鳴を上げた。
「せっかく命がけで助けたのに、格を落とすような物言いしないの!」
「…………ぇ…………」
 兵士はそこでようやく、泣き声の主が学者だと認識したようだ。目だけを動かして彼女を見る。
「そうか……よかった……」
「……! はい……!」
 兵士は学者の泣き笑いを見て、安堵したように自分も笑い――再び意識を失った。
「やれやれね」
 肩を竦めたラヤ・オが、状況を固唾を飲んで見守っていた医者や薬師に言った。
「あとの処置はお願いね」
 ここからは彼らの出番だ。
 エーテル消費には許容量がある。短時間のうちに激しいエーテル変化を繰り返せば、魂の持つエーテルバランスそのものが崩れてしまう。一般の人間よりも強靭な肉体を持つ兵士であっても、瀕死の重傷から生還するほどのエーテル変化を行えば、もうしばらくは魔法での処置は行わないほうが安全だ。
 ゆえに、あとは魔法ではない、人間の生命力、治癒力を基本として治していくしかないのだ。
「さすがに疲れたわ。少し休みます。あなたたちも休息を。頑張ったわね」
 幻術士たちを労う。それから、まだ泣きながら兵士を見つめている学者へ声をかけた。
「落ち着いたら、事の顛末を聞かせて。それまでには、泣きやみなさいね」

3-3

「…………『真の白魔道士』って、そう言ったの……?」
 しばしの休息後、落ち着きを取り戻した学者――アウラ・ゼラの女性ラナー・カフタンと、治療後目を覚ました双蛇党兵士――シェーダーの青年アルトゥール・ロアンから、ラヤ・オは話を聞いた。
「はい。はっきりと、そう言いました」
 アルトゥールが断言した。うつ伏せに寝たままだが、意識は明瞭だ。
「それから、ゴーレムが頭部の赤い一つ目から光条を放ちました。帝国の魔導兵器が使うレーザーと言う奴に似ていましたが、威力がとんでもなかった。周囲にいた仲間は、その赤い光線に当たって切り裂かれていったんです」
 悔しさをにじませ、アルトゥールが首を微かに振る。
「そのあと、ゴーレムが赤い光を乱射して、私はこのかた……アルトゥールさんにかばっていただきました。アルトゥールさんは肩を撃たれて……二人で地面に倒れた後、アルトゥールさんが言ったんです。『このまま、死んだふりをしていろ』って」
 ラナーがアルトゥールを見る。
「……肩を貫かれて右手が動かなくなりました。これでは槍を振るえない。戦っても無様に死ぬだけだ……それならいっそ、死んだふりをして生き延びようと思いました。もし自分が流れ弾のようなものに当たっても、体の下のこの人が生き延びれば……と」
 俯いたまま、アルトゥールが絞り出すように言った。
「でも、そのあと、あの毒の空気がやってきて……。私は怖くてずっと震えていました。呼吸すると毒が入ってきて、喉が灼けるように痛くなりました」
 ラナーの喉にも、薬草を含ませた包帯が巻かれている。
「……やがて、動くものもいなくなって、空気がきれいになって……そこで、持っていたリンクパールで、幻術士ギルドに報告したんです」
 アルトゥールとラナーが黙る。
「――わかったわ。ありがとう」
 二人を労いながらも、ラヤ・オは報告の内容――襲撃者たちの行ったことに衝撃を受けていた。
 突然現れた白いローブの仮面の男。彼はその後現れた女から『恪勤(ディリジェンス)』と呼ばれた。
 後から現れた女は『公平(インパシアリティ)』と呼ばれ、その手に遺跡の地下室にあった『柱に挟まれた球体』を抱えていた(そこにいた研究者たちは全員死んでいた)。
 『真の白魔道士』と名乗った、彼らが使用した魔法。
 不可視の障壁で物理防御を上昇させる『アダマントスキン』。
 溶解性の毒を発生させ、広範囲に殺傷を行う『ゼノエアロ』。
 そして、人型サイズの自律稼働ゴーレム。
 過去の、『ここではない過去』の記憶が囁く。

 アムダプールの白魔道士は皆、石や金属に魔力を通し操る術を学ぶ。それを日常のちょっとした雑務から建築作業などの労役、果ては戦闘にまで使用する。
 小型の魔道石像はアガシオンと呼ばれる。人型サイズはスパルトイ、大型のものはダイモーンと呼ばれる。
 また、それとは別に、操作型か自律型かでも区別される。術者の魔力で操縦される者をサイフォスと呼び、あらかじめ込められた魔力と疑似知能で自律稼働するものをガラティアと呼ぶ。

 つまり。
 人型サイズの、自律稼働する魔道石像――スパルトイ・ガラティア。

 ラヤ・オは知っている。
 彼らが使った魔法を。彼らが互いを呼び合っていた、その異名の意味を。
 生存者二人の処遇を双蛇党の士官に任せると、ラヤ・オは足早に仮設医療室を飛び出した。手繰るのももどかしく、リンクパールを引っ張り出す。リリ・ミュトラとの直通回線だ。
「はい、リ……」
「今すぐ来て! “遺跡”が……アイ・ハヌム遺跡が襲撃されたのよ!」
「え」
 リリが息を呑む気配が伝わってくる。
「襲撃は終わって……終わってしまってる。調査隊に被害が出て、あの『珠』が奪われたわ」
「そんな……!? 誰が!? 何のために!?」
「分からない。そのことで、あんたと至急相談したいのよ」
 ごく手短に、ラヤ・オは状況を説明した。
「…………」
 沈黙があった。訝しんだラヤ・オがリリの名を呼ぶと、彼女は声を潜めて言った。
「今、一つの事件を追っています。その事件に――『聖七天』の聖印が出てくるんです」
「は?」
 今度はラヤ・オが言葉を失う番だった。
 聖七天? 『純潔派』の聖印がなぜ?
 ラヤ・オの沈黙の間に、リリは手短に状況を説明した。住民の失踪事件があること、その件で鬼哭隊士と冒険者の三人で調査をしていること。
「――わかったわ」
 説明を受けて、ラヤ・オは決意の顔で告げる。
「その二人も同行して、こちらに来て。この事件、到底無関係とは思えないから」
「わかりました。現在鏡池桟橋付近なので、すぐに伺います」
「待ってるわ」
 通話を切る。
 死の臭いが満ちるアイ・ハヌム遺跡で、ラヤ・オは空を見上げた。
「ここに、あんたがいれば――」
 今はここにいない親友の名を呟きそうになって、慌てて首を振る。だめだ。こんなことで弱気になるな。
 戦いはこれからだ。
 それでも。
 彼女が傍にいてくれたら。
 その想いは、どう振り払っても消えなかった。

3-4

「お二人に話があります」
 通話を終えたリリは、待ち受けている二人に状況を説明した。
 南部森林で調査中の遺跡が襲撃されたこと、襲撃者が“第五星歴に失われた”魔法を使用したこと。
「時期から言って、まったく関係がない事件とは思えません」
「――同感だな」
 サイラスが頷いた。
「つまり、情報共有しようということだろう」
「はい。――ただ、お二人には選択権があると考えます」
「どういうことだ?」
 厳しい顔のリリに、バティストが怪訝そうに問うた。
「バティスト副隊長に課された任務は、南部森林の異変を突き止めること。異変があることは明らかになり、この事変にはすでに双蛇党が動いています。任務完了といえる状態です」
 バティストを見上げていた顔を、サイラスへ向ける。
「サイラスさんの依頼人はまだ発見できていません。ですが、これはもう人探しの依頼料で釣り合う事態ではなくなっています。手を引いても、やむを得な――あ痛」
 無言で手を伸ばしたサイラスが、指でリリの額を弾いた。
「お前な」
 サイラスは真顔で言った。
「依頼料どうこうだけの話なら、俺はもう帰ってる。――だがな。本人なり死体なりを見つけるのは俺の道義だ。冒険者としての、俺の流儀だ。そいつをないがしろにする気は毛頭ないんだよ」
「サイラスさん……」
「私もだ」
 バティストが少し上ずった声を上げた。
「事態の解決に貢献せずに帰ったら、それこそスウェシーナ総隊長に呆れられてしまう。はっきりとした命令がでるまでは、私はお前の側にいるぞ」
「…………わかりました」
 リリは二人に頷いてみせた。この先は危険かもしれない。が、二人に助けられてきたのは確かだ。この先も、自分では気付けないようなことを見つけたり、指摘してくれるかもしれない。
「行きましょう」
「ああ。急ぐならテレポでキャンプ・トランキルまで飛ぼう。そこから先は案内を頼む」
「もちろんです」
 バティストの提案を、リリが請け合う。

 その二人を見ながら、サイラスは内心で決意を新たにしていた。
 “第五星歴に失われた”魔法を使う者。
 もはや決まりだ。
 冒険者としての流儀などと格好をつけたが、それ以上の――自分自身の存在意義にかかわる問題が、そこにはある。見逃すことができるはずもない。
 だから。
 サイラスは黙っていた。
 バティストの背に、ごく小型の魔法生物――おそらく追跡・監視用のそれ――が張り付いていることを。
 どこで付けられたかもわかる。
 だからこそ、サイラスは見て見ぬふりをしている。自分がそれに気付いていることすら、相手には分かっていないはずだ。
 炎が。
 朽ちかけた魂の奥で、熾火のように燃えている。激情も闘志もすべてを心の奥底に隠して、サイラスは素知らぬ顔で同行者とともに転移する。

3-5

「……そんなことが」
 合流した後、ラヤ・オから事情を聞いたリリは顔をしかめ、呻いた。
 対策本部の仮設天幕の中。設けられた大机を囲んで、一同は状況を確認し合ったところだ。
「ええ。だから、確認したかったのよ」
 大机には、ララフェルの握り拳程度の石が置かれている。殺戮を行った人型のゴーレムが、兵士たちの攻撃で体表から落とした石だ。襲撃者の手掛かりは、たったこれしかない。
 だが。
 二人には――アイ・ハヌム学園出身者の二人には、重大な手掛かりだった。
 ラヤ・オが、リリに石を手渡す。
「見て」
 手渡された石は、リリにも見覚えのある石。
「これは……魔道石像用の……魔浸石(ましんせき)……!」
 魔道石像を創成しやすいように、あらかじめエーテルバランスを調整された人造鉱物。アムダプールでは広く使われていたものだが、その製法が失われた現代には存在し得ないものだ。
「やっぱりそう見えるわよね」
「はい。間違いありません」
 二人は顔を見合わせた。
「魔浸石で作られた、人型の魔道石像」
「それが、自律稼働する――どう考えても、スパルトイ・ガラティアです」
「……」
 二人は同時に押し黙った。それから、リリが先に口を開いた。
「使った魔法、わたしはよく知らないんですが」
「『アダマントスキン』と『ゼノエアロ』ね。どちらも国家公認白魔道士が習得できる、“戦場向け”の魔法よ」
「使えました?」
「もちろん」
 『あちらの世界』のラヤ・オは、国家公認白魔道士として戦場にいたのだ。積極的に使ったかはともかく、使えるか否かでいえば、当然習得済みだった。
「……」
 再び二人は黙る。
「――学園で教えていたコトのなかには、技術だけではなくて道徳、修身の授業もあったわよね」
「はい」
「では問題。純潔派の教義書『至純なるもの』に記された『四善(アガトス)』とはなんだったかしら? ――リリ・ミュトラ」
 ラヤ・オが、教師のような――いや、教師の口調でリリへ問いかける。
「はい。徳義(モラリティ)、清慎(マデスティ)、公平(インパシアリティ)、恪勤(かっきん/ディリジェンス)の四つです」
「正解。さすが学年トップ」
「ありがとうございます。――やっぱり、それなんですね」
 話を聞いた時から分かっていた。アイ・ハヌム以外で、この言葉を使うことは全くなかったからだ。
「……」
 二人同時に溜息を吐く。
「それから、『聖七天』の聖印ですって?」
 ラヤ・オが苦り切った顔で言う。
「光迎教会とは何度も協力をしたこともあったのに……ぬかったわ。あたしが向こうの礼拝堂に行くことはなかったし、あの出来事以前に見ていたとしても、つなげることは難しかったでしょうね。――それくらい、地味で目立たない存在だったのよ」
 そう言ってから舌打ちをする。
「最初からそのつもりだったってワケ? 舐めた真似してくれンじゃないの」
 角尊にあるまじき啖呵に、バティストが口を開けたまま硬直している。あいにくながら、リリにそれを指摘する余裕はなかった。
「つまりだ」
 サイラスが口を挟んだ。
「光迎教会の連中は『聖七天』の聖印を持つ。これはアムダプールの教派『純潔派』内陣の聖印だ。そして、襲撃者たちもその『純潔派』でなければ使えない、知らないことを行使し、名乗っていた。――そういうことでいいか」
「そうね。だいたい合ってるわ」
「だとすると、だ。奴らは何のために人を攫う? 純潔派の教義に人攫いの項目はないのだろう」
「あるわけないでしょ」
 とげとげしく即答してから、ラヤ・オは自身の反応を悔いるようにそっぽを向いた。今の反応は、明らかに“アイ・ハヌムの講師としての自分”だった。
「そうか。――なら、もう一つ質問だ」
 ラヤ・オの態度を気にすることなく、サイラスは懐から手帳を取り出す。
「こいつに心当たりはあるか。こいつは、何の神だ?」
 四本腕の女性像。
 差し出された手帳の絵を見たラヤ・オが硬直する。
「嘘でしょ」
「知って――いるのですか」
 リリが驚く。リリが知らず、ラヤ・オが知っている。それは――
「この神像……像に遺された神の名は、ソムヌス。今ではソムヌス香の名に名残を見ることができる程度の、忘れられた神よ」
「これを……どこで?」
「ヴェニゼロス大聖堂の中。生徒は立ち入り禁止だったから知らないだろうけど、大聖堂で祀られているのは、この神なの。本来は眠りを司る小さな神だったけど、『純潔派』はこの神を一種の来世神として信仰していたわ」
 さらなる解説を、ラヤ・オが続けようとしたときだった。

「その名まで知っているとは。何者です?」

 背後から少女の声がした。全員が振り返る。
 そこに。
 白いローブと白銀の仮面を身に着けた、小柄な少女が立っていた。
「貴方は……!」
 その声に聞き覚えのあるリリが驚愕する。それを一切無視して、少女が言った。
「返答までに猶予を与えましょう。――五秒間です」

『Sweetest Coma Again』4へ続く
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