4-2
昏い空に、光が降り注ぐ。
赤い光。
黒い闇を切り裂いて、白い光の波が空を走る。
光が収まると、空は真っ赤に染まる。
夕焼けをずっと濃くしたような赤のなかを、血のように暗い紅が飛び散る。
破壊の光。
すべてを灼く、終末の光。
もうだめだ。
わたしはしぬのだ。
ひかりが、ずじょうに。
ひかりもやみも消える。
赤い流星が、わたしを、
わ た し の
た ま し い を
目を覚ます。
もう一つの意味でも、リリは目を醒ましていた。
「……!」
慌てて体を起こす。
わたしの名前はリリ・ミュトラ。グリダニア出身。メイナードの妻。冒険者。
……だけど。
アムダプール首都出身。アイ・ハヌムで国家公認白魔道士を目指している学生。
そちらが霞んで消えたわけではない。
「……」
脳が混乱する。めまいがする。
どちらも真実だと思う。どちらが嘘だとも思えない。
「なにこれ……」
けれど。
一つ言えることは。
わたしは、グリダニア出身の冒険者『でもある』ということだ。
反対側の壁際のベッドを見る。
セレーネが寝ている。幸せそうな寝顔。
経験上、これは落雷でもない限り起きない。それを見て、決心を固めた。そっとベッドから降り、静かに、かつ無駄なく、動きやすい格好に着替える。
その途中で、姿見に映る自分を見た。
『冒険者』の自分より若い。
「そりゃそうか……学生だもんね」
六、七歳若いはずだ。背も、『冒険者』の自分より低い。
三つ編みにした髪も長い。『冒険者』の自分は同じ理由――髪が一定以上伸びると跳ねまくる――で、首のあたりで切り揃えるほうを選んだのだ。
どちらの選択にも、違和感がない。不思議だ。
着替えを終えると、窓をそっと開けた。
秋の夜の、ひんやりとした空気が心地いい。が、長く開ければさすがにセレーネが気付くだろう。
素早く身を乗り出す。地上三階分。窓の上にある廂を掴むと、窓を静かに閉めた。そのまま手を離すと、下の階の廂にふわりと着地。ほぼ同時に身をひるがえして空中で一回転し、庭の芝生の上に着地した。
「……」
身を沈めて周囲を窺う。見回りの衛士も来ていない。
ゆっくりと呼吸を整え、走り出す。
そういえば、この体術は格闘士ギルドと双剣士ギルドで養ったものだ。グリダニアの自分は十七歳当時、ここまで動けなかった。
そのあたりのことは、どうも『今』の自分は天性の素養、ということになっているようだ。修行の記憶はない。
「――先生、ラヤ・オ先生!」
「……え? リリ・ミュトラ? なんで?」
突然揺り起こされ、ラヤ・オ・センナは動揺した。なぜここに生徒であるリリがいるのか?
「夜分突然すいません。どうしてもお話したいことがあって」
「それよりどうやってここに入ったの。鍵は掛けたはずだけど……」
体を起こしながら問い詰めると、リリはあっさりと言った。
「窓からお邪魔しました。窓の鍵、かかっていなかったですよ。お陰で手間は省けましたけど」
「窓、って……ここ五階よ!?」
思わず窓に駆け寄る。
「訓練したんですよ、冒険者になってから」
「えええ……冒険者ってみんなこうなの……?」
「そこは、個人の趣味と言うか。せっかくだから伸ばしてみようかな、って」
「ミュトラ冒険団の悪童も捨てたもんじゃないわね……え?」
眼を見開く。
なんだ? 何を言った?
「え? あたし……今、何……を」
「思い出してください。『もう一人の』あなたを」
真剣な顔でリリが言う。
「何を言ってるの? わからない……思い出す……? あたしは国家公認白魔道士の……」
「はい。でも、『それだけじゃない』はずです」
いつの間にかリリが、すぐ近くまで来ていた。リリが素早いのではなく、動揺したラヤ・オが気付けなかったのだ。
肩を掴まれる。リリが、まっすぐにその顔を見て告げる。
「あなたは三重の幻術皇! 黒衣森の守護者たる角尊、ラヤ・オ・センナ様です!」
「――!」
幻術皇。
黒衣森。
角尊。
次の瞬間、ラヤ・オは頭を抱えてうずくまった。
「あ……ああ……!」
溢れ出る記憶と、消えない今の記憶。
矛盾する思い出が重なって、ラヤ・オの心を埋め尽くす。
頭が、割れそうだ。
「ラヤ・オ様」
リリがしゃがんで、その肩を抱き寄せる。
「……違う……あたしは……戦場で……戦って……あ、あ……カヌ・エ姉さま……ア・ルン……」
赤く燃える戦場で、血反吐を吐きながら戦った。
命を奪った。
祖国を、護るために。
暗い森の奥で、精霊と語り、森の脅威を除くために戦った。
ときに命を奪うこともあった。
祖国を、護るために。
「あ……あ!」
激しく首を振る。
「どっちが……どっちが本当なの……!?」
リリは、ラヤ・オの額に自分の額を付け、目を閉じた。
「――どっちかを選ばなくていいんです……。『今』を消さないまま、グリダニアの自分を思い出してあげてください」
囁いて、回した腕に力をこめる。
リリは自覚していない。その身体が淡く輝いて、光がラヤ・オをも包み込んでいることに。
「どっちも……自分……」
「はい」
どれくらいそうしていたろうか。
「……ありがと」
小さく言うと、ラヤ・オは、リリにしがみついていた手を離した。
「もう……大丈夫」
「はい」
二人とも体を起こす。大きく息を吸って吐き、ラヤ・オが苦笑した。
「迷惑かけたわね、リリ」
「いえ。……どうしました?」
喋りながら、頭を触るラヤ・オにリリが問う。
「角がない……ないのに、ある気もしてる……変なの」
「姿は『今』の自分基準ですからね。年齢も変わってますし」
「え? あ! そういえばあんた子供になってる!」
そう言いながら、ラヤ・オは慌てて鏡を見に行った。
しばらく、鏡に映る自分を見つめていた。
「……なるほど?」
『グリダニアでは』結んでいた髪はほどかれて、長く伸ばされている。年齢も、二十代前半から後半に移っている。
「大人の美人、ですよね。いいなあ」
「そう……?」
はい、と大きく頷かれて、ラヤ・オは満更でもなさそうに笑った。
「……不思議な感じね。二つの人生が、同時に流れている……」
「はい」
「あ、そうだ」
ラヤ・オが閃いた顔をして、リリに椅子を示した。
「現状、整理してみましょ」
「はい!」
4-3
リリ・ミュトラとラヤ・オ・センナは、謎の、助けを求める『声』に導かれて、遺跡を発見した。
「まず、この『声』だけど、これって……」
「セレーネ」「ヘカーテ」
同時に言った。
ふたりで互いの顔を見る。お互いに相手の主張を受け入れかねる顔だ。
「……とりあえず、置いときましょ。なんとなく、そう聴こえた、ってだけだし」
「はい」
二人ともまったく相手の主張に納得がいっていない顔で、問題を棚上げした。
「それから、あの遺跡。あれって」
「はい。このアイ・ハヌムですよね」
そして、声を放っていたソウルクリスタルをリリが手に取ったとき、二人は光に包まれた。
『あちら側』の記憶は、そこで途切れている。
「あのとき、いわゆる『こちら側』に来たのかな、とは思うんですけど。でも、『今の』自分たちには、『こちら側の』過去もあるんですよね……」
人との関わり、記憶。教えられたこと、技術。
それらが実感として二人の中にはある。
改めてその不思議さ、不可解さを認識し合うと、ラヤ・オが表情を改めた。
「……そうだ。これを言っておかないとね」
「はい」
「国家公認白魔道士は、戦場にいくわ。最初から、そのための存在なのよ」
「……」
無言で頷く。覚悟はしていたことだ。
「それから、マハとの戦いは、アムダプールが押され始めてるわ」
「……やっぱり」
「こないだの学園近くの爆発も、本当の戦闘よ。マハの妖異が、とうとうアムダプール圏内に侵入し始めているの」
「このあと、って……」
リリが指を顎に触れさせながら、『あちら側』での歴史を思い出そうとする。
「『あちら側』の記憶によれば」
ラヤ・オが語る。
「このあと……といっても今が歴史の“いつ”なのか、正確に知る術はないんだけど、とにかくこのあと、世界は第六霊災に見舞われる。アムダプールもマハも地上から消えるわ」
「そのとき、わたしたちはどうなるんでしょう……?」
「わからないわ。この状態がいつまで続くのか……なにか、手掛かりがあればいいのだけれど」
ラヤ・オが席を立ち、水差しから杯に水を灌ぐ。それをぼんやりと見ていたリリは、その先――ラヤ・オの足元のさらに先の、壁と床の境目に、奇妙なものを見つけた。
そこだけ、霞がかかったようにぼやけて見える。
「あれ……?」
「なに?」
リリの視線を追って、ラヤ・オが同じ場所を見る。
「あれ……なんでしょう?」
「え? なにも見えないけど」
無言でリリは立って、その場所に近付いた。
靄がかかったようなところを触る。薄い髪を触っているような感触があったので、リリはそのままめくってみた。
ふわりと、『空間』がめくれた。
「わ!」
「ええ!?」
めくれた『空間』には、壁と床の境目が映っている。そして、めくれた先は――白い光で満たされている。その光のなかに、闇が点在している。
「……どうする?」
おそるおそる訊くラヤ・オに、リリが即答した。
「いきましょう」
「即断ね。さすがミュトラ冒険団リーダー」
「そこは『さすが冒険者』って言ってくださいよ……」
軽口を叩きながら、二人は『中』に入った。
そこは、ラヤ・オの部屋と瓜二つだった。ただし、左右が反転し、光と影も反転していた。すなわち、光を発するところは黒くもやもやとし、影に覆われるところは白く光っている。
部屋の魔力灯は黒い靄を発している。元の場所では光が届かない部屋の隅は白い光を放っている。
「……ここは」
「扉には触れます。……行きましょう」
講師棟に人はいなかった。外に出る。
今は夜だ。世界全体が無尽の光に包まれているように光っている。闇はまばらだ。
「……エーテルの操作がやりにくい……。それも反転しているみたい」
収束は解放。破壊は治癒。本来の治癒は傷を拡げるようだ。コツを掴めば、意図した通りに発動させられそうだったが、咄嗟に上手くできるかは二人とも自身が無かった。
「感知も……し辛いですね」
魔力を探ろうとすると、自分の内部を探るようになってしまう。
ただし、物理的な行動は、左右反転しているという困難を除けば、他には阻害要素がなさそうだった。
「つまり音とかは……」
そう言って、耳を澄ませた途端だった。
「ん?」
「どうしたの?」
「だれかいます。こっちです」
複数の足音、それから争う音。
リリは音のするほうに駆けだした。ラヤ・オが後に続く。
ほどなく、二人は複数の人影が争っているのを視界に収めた。
どうやら、音は左右反転しないらしい。少しだけ心配していたリリが、安堵してさらに加速する。
片方の人数の多い方は、本当に真っ黒な“人影”だった。
人のかたちをした、黒い靄の塊。その手は鉤爪のようになっており、ある程度伸びる。
対するは一人。黒く長い髪を翻して“影”の攻撃を躱しているのは――
「ヘカーテ!?」
「ラヤ・オ!? どうしてここに……!」
振り向いたヘカーテが驚愕した。その隙を突いて鉤爪を振り上げた“影”を、
「はぁッ!」
リリが飛び蹴りで吹き飛ばした。
着地と同時に、腰に括りつけていたセスタスを嵌める。実家から持ってきた――ことになっている。
こうなると思って持ってきたわけではないが、衛士の一人くらいは眠らせる必要があるかもしれないと思っていたことは内緒だ。
「援護をお願いします!」
言いながら踏み込む。気を奔らせた足が、地面へ衝撃を伝播させる。――壊神衝。範囲内にいた“人影”たちが、地より伝播するエーテルの波動にダメージを受ける。
魔法と同じでエーテルの制御が難しかったが、どうにか成功したようだ。
数発繰り返すと、敵視がすべてリリへと向いた。意図通りだ。
襲い掛かる“人影”たちを躱しながら、一体へと連続攻撃を撃ち込む。一体が吹き飛び、霧散した。
“人影”は攻撃力はそれなりだったが、体力――そう呼んでいいものかどうか不明だが――が少なかった。
リリの打撃に、ラヤ・オの攻撃魔法。治癒はヘカーテが受け持ち、“人影”はほどなく全滅した。
「――ふぅ」
構えを解くリリに、ヘカーテが最後の治癒魔法をかける。
「……助かったわ。ありがとう」
安堵した笑みを見せるヘカーテは、いつもと変わらないように見える。
いいわよ礼なんて、と言いながら、ラヤ・オはヘカーテに近付いた。
「その代わりに訊かせなさいよ。この場所の意味と、あの黒いのがなんなのか。そして」
一歩前へ出る。拳一つ入るかどうかの距離で、ラヤ・オはヘカーテに言う。
「あたしたちが何なのか。知ってるんでしょう、ヘカーテ」
「……」
ヘカーテはラヤ・オを見た。ラヤ・オもヘカーテを見つめている。
ややあって、ヘカーテは小さくため息をついた。
「そうね。ここへ来た、ということは。……あなたたちはもう、『元の世界』のことを思い出しているんでしょう」
「ええ。……ちょっと変な感覚だけどね」
「それについても、説明しましょう。あなたたちに何が起きているのか。そして、私のことも。このアイ・ハヌムに、何があったかも」
『After all』(5)へ続く
ジョブチェンジ、めちゃくちゃ悩んだ末に導入しました(クラス→ジョブへの変化除く。今まではギャザクラへのそれはあっても、戦闘職でのは書いていませんでした)ヒカセン以外がやっていいのかな……と思いながら。
結論として、『ギアセットで防具まで瞬間換装しなければまあいいだろう』という結論です。
ただ、人それぞれの向き不向きもありますので、全部の戦闘職を最高の達人まで制覇できるのはヒカセンだけです。そういうことで、広い目で見ていただければ……。