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Juliette Blancheneige

The Meat Shield

Alexander [Gaia]

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『Light My Fire/ignited 5』(前)

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5 『Reckless Fire』

5-1

 夜から朝にかけて、黒衣森各地の監視哨から報告が集まってきた。各地で、ドラゴンがはっきりと目撃されている。
「こいつは何を意味するんだ?」
 エールがリ・ジンに問う。問われた角尊は、いくつかのテーブルを合わせたスペースにグリダニア全体と周辺地を記載した大きい地図を広げ、そこに竜の形を模した木彫りの駒を置いていく。シャルロット作の駒は精緻で、しかも大量に用意されている。とても二時間ほどで量産したとは思えない出来だ。
「――同時にいくつもの村や集落を襲う気であろう。各個の判断を養う“訓練”というわけだ」
 言いながら、クォーリーミルやホウソーン家の山塞といった各地の集落にドラゴンを配置していく。
「さらに」
 ウェアドラゴンを枯骨の森へ置いた。
「潜伏させた部隊を動かすだろうな。それも訓練の一環だろう」
 続いて、鬼哭隊や神勇隊、双蛇党の兵を模した駒を次々に配置していく。
「そして、ワシら人間がそれに対しどう行動するか。それから学ぶつもりなのだろう」
「スアーラがか」
「うむ。――学びたいのであれば、礼を尽くし首を垂れればよいものを」
 エールが肩をすくめた。
「んなことするわけねえ」
「だろうな。じゃから、ここで奴めの目論見は消えてなくなる」
 配置を終え満足げに頷くと、リ・ジン・キナは不敵に笑った。
「無能な将に率いられれば、軍は容易く滅ぶ。今回の授業でそれを学ぶがいい」
 言い放つと、傍らに置いてあった封書をロジェに手渡し、自らも杖を手にした。
「これからワシとロジェはグリダニアへ戻り、策の手筈を整えてくる。ドラゴンどもはまだ動くまいが、もし動くことがあってもお主らはここにおれ」
「待ってくれ」
 盤上の配置を見ながらエールが問う。
「スアーラは……どう動くんだ?」
 盤上には、黒紫の邪竜の姿は無い。
「おっと。忘れていた」
 そう言うと、リ・ジンは机の下に置いた箱から駒を出してきた。スアーラと、それから第十四小隊の面々、そしてエールを模した駒だ。
「まあ、特に凝ったところは何もなくてな」
 リ・ジンは今出したすべての駒を、北部森林――フォールゴウドに置いた。
 もちろん、置かれた駒の中にはスアーラも入っている。
「ここだ」
「……!」
 エールが息を呑む。
「スアーラと思われる大型のドラゴンを、フロランテル監視哨で目撃している」
「フロランテル監視哨はすぐそこだよ。こことクルザス国境の間」
 エールがロジェに問う前に、アーシュラが解説した。
「この辺りで大きい集落はここくらいだからな。来るんならここだろ」
 お誂え向きじゃねえか、と言ってメイナードが笑った。
「監視哨近くの岩場から私も見たけれど」
 シャルロットが窓際から言う。
「大きく、ゆっくりと飛んでいたわ。これ見よがしに。見せつけているのよ。――あなたへ向けて」
「……ああ」
 エールは答え、拳を握りしめた。
「ここで決着をつけてやる。必ずだ!」

5-2

 翌々日の未明。
 黎明にも至らぬ藍色の空に、邪竜たちの黒鱗の翼が翻った。
 警戒が緩む時刻を狙っての襲撃。さらに、細かい集落をも襲撃対象にする事で、防御側の戦力が細分化されることを狙ったのであろう。
 大きい村や集落には、若い個体も含めて十体から二十体ほどの邪竜たちが。小さい集落でも必ず一体は襲いかかっていた。
 だが。
 それはすべて、角尊リ・ジン・キナの掌の上だった。
 各小集落に配置されたグリダニア兵は多くて四人。彼らは集落を襲撃したドラゴンを攻撃はするが、倒すことはしない。
 敵視を稼ぎ、ドラゴンの攻撃対象を集落から自分たちへと移し――逃走する。
 幻術士の回復を受けつつ、倒すためではなく引き付けるための攻撃をしながら、彼らはドラゴンを誘導する。
 ドラゴンを倒しうる個人と、重点的に配置した兵士たちがいる大きな集落へと。
 スアーラが“訓練”のために眷属たちを分散させて送り込むのは、ヒトの戦力と戦闘するため。集落そのものを破壊し、住民を殺すのは二次的な目標だ。それゆえ、小集落へ襲撃を仕掛けたほとんどすべてのドラゴンたちは、グリダニア兵たちの誘導にまんまと引っかかった。
 彼らは走る。犠牲も厭わず。
 目指すは地域の拠点となる大集落――すでに激戦の始まっている場所である。

 南部森林、キャンプ・トランキル。
「ククク……ハッハァー! 来たなァドラゴンども! この俺のトコに顔出すたぁ、いい『度胸』だ!」
 逆立った赤毛を揺らし、男は豪快に笑った。
 十数体のドラゴンがすでに降下している。それと対峙する鬼哭隊士たちの先頭――つまりドラゴンたちの眼前で、男はぬけぬけと笑って見せたのだ。
「おいおい、可愛い部下たちがびっくりしてンぞ」
 呆れたように肩をすくめ、もう一人の男が隣に並ぶ。その目は一分の隙も無くドラゴンたちを見据えていた。その視線だけで、ドラゴンたちは即座に攻撃することを躊躇している。 
「おっとォ。まあ、許せよ。おめえと組むなんて久しぶりでよぉ、つい昂ぶっちまった!」
 後方の鬼哭隊士たちをちらりと振り返ると、鬼哭隊六番槍隊長、ランドゥネル・ポマスキエは槍を抜き放ち、右手で回転させる。
「フッ、調子に乗って突っ込みすぎるなよ? 蛮勇は『勇気』じゃないぞ」
 過去何度親友に告げたか分からぬ台詞を言って、槍術士ギルドマスター、イウェイン・ディープウェルは既に抜いていた槍を静かに構えた。 
 明らかな戦意に、ドラゴンたちも呼応する。互いの意志が沼地の空気を軋ませ――ランドゥネルがその均衡を破った。
「行くぞぁああ!」
 雄叫びと共に突進する男たち。咆哮を上げてドラゴンが迎え撃ち、やや遅れて鬼哭隊士たちもそこへ殺到した。
 根渡り沼が、たちまち血に染まる。
 烈闘が始まった。
 
 同じく南部森林、クォーリーミル。
「――通達は以上だ。各隊の奮闘を期待する。諸君らに精霊の導きを」
 最終的な注意事項を伝え終わると、女はリンクパールを外した。
「終わったかい?」
 傍らの少年――角の生えた少年のように見える――が、積んである木箱に座ったまま声を掛けた。
「ええ、もう大丈夫。言うべきことは言ったわ」
 素っ気なく返す。立てかけた槍を手に取って、すたすたと歩き始める。
「ははは。スウェシーナ、ひょっとして君、うずうずしてる?」
 木箱から飛び降りた少年が笑いながら言い、軽快に駆けた。女の隣に並ぶ。
「……ちょっとね」
 見抜かれた女は照れくさそうに苦笑する。
 それへ少年は屈託ない笑みを返す。
「たまにはいいんじゃない? こんな時ぐらいさ」
 二人は村の出口に立つ。村とウルズの恵みの間にある開けた場所は、すでに戦闘が始まっていた。降下してきたドラゴンの大群、それに抗する鬼哭隊・双蛇党。そして、双蛇党と一時的に協定を結んだゴブリンたち及び密猟者集団。
 その乱戦の只中へ、女と少年は歩を進める。
「行こうか、オ・アパ君」
 鬼哭隊総隊長、スウェシーナ・ブルックストーンは悪戯っぽく笑った。隊士の誰もが、厳格な総隊長のこんな笑みを見たことは無いだろう。
 そして誰よりもその笑みを見慣れた少年は頷いた――いや、少年ではない。角尊、オ・アパ・ペシだ。
 幼馴染の二人は、連れ立って散歩でもするように、軽やかに死線へと参戦した。

 東部森林、ホウソーン家の山塞。
 斥候部隊から、集結したドラゴンたちが向かってきているとの報を受けた。神勇隊士たち、そして弓術士ギルドの面々は既に配置を終えている。
 最も目印になる集落のエーテライト付近に、神勇隊総隊長、リュウイン・ハントがいる。
 そして、弓術士ギルドマスター、ルシアヌ・コーン。その愛弟子であるシルヴェルとレイもこの場へ馳せ参じていた。
「レイ」
 空を警戒しながら、シルヴェルがかたわらのレイの名を呼んだ。
「んだよ」
 同じく空を見ながら、レイが応える。
「突出しすぎるなよ。お前は熱くなると徐々に前へ出る癖がある」
「……!」
 淡々と言われた一言に、レイは目を丸くした。かつての同僚ならば言わない、もしくは非友好的な態度で告げてくるところだ。
 思わずギルドマスターのほうを見る。視線が合ったルシアヌもまた目を丸くしており、期せずして二人は同時にくすくすと笑い出した。
「なんだ……? 俺はおかしいことを言ったか?」
 怪訝そうな顔で振り向くシルヴェルに、レイがかぶりを振る。
「いや全然。アンタはいつでも正しいよ」
 不審げに眉をしかめるシルヴェル。そのシルヴェルの顔をまっすぐに見て、レイは謝辞を述べた。
「ありがとな。気をつけるよ」
「……わかればいい」
 そっけなく言うシルヴェルは、レイから顔を背けて空を見上げる。明確な照れ隠しだ。
「……若いのう……」
 リュウインが何度も頷く。そこへ、
「「来た」」
 レイとシルヴェルの声が上がった。ほぼ同時に、ジョスラン監視哨からの報告がリンクパールでもたらされる。
 ドラゴンの群れが次々と降下を始める。
「来たぞ。各員配置につけ! 完封するぞ!」
 リュウインの号令一下、森のあちこちに配置された部隊が一斉に動き始める。
 遠雷の響き。それは邪竜のものか、あるいはシルフ領の雷神か。
 それを号砲として――熱戦の火蓋は切って落とされた。

 中央森林、ベントブランチ。
 次々と降下してくるドラゴンたちを見ながら、陣の後方で幻術皇ア・ルン・センナは息を呑んだ。
「だ……」
 大丈夫かな、という言葉を必死で呑み込む。駄目だ。幻術皇である自分が怖気づいてはいけない。だが、気付けば足が震えている。意識してしまうと、途端に震えは全身に拡がる。
「ご安心ください」
 傍に立つボルセル大牙佐がそっと声を掛けた。
「ア・ルン様の手を煩わせることなく、終わらせてみせます。ここは私と黄蛇隊にお任せを」
 ボルセル大牙佐が腕の立つ男であることはア・ルンも知っている。冒険者としても傭兵としても経験が豊富。それに加えカルテノー帰り、という凄腕だ。個人戦力としても指揮官としても優秀な彼に任せていれば、自分の出番はないかもしれない。
 けれど。
「でも……僕も、リ・ジンから指名された『特記戦力』なんだ。ちゃんと戦える、森を守るためになら戦える、って、姉様たちにも胸を張って言いたい……んだ」
 ア・ルンの話を、ボルセルは途中で遮ることなくじっと聞いていた。それから、跪くとア・ルンの顔をまっすぐに見据えた。
「ア・ルン様。そうであるならば、いや、そうであるからこそ、貴方はここにいてください」
 ア・ルンの肩に手を置く。未だに細かく震える肩を、ボルセルの手が優しく掴んだ。
「ここで、私たちの戦いをご覧ください。――もし、その上で、貴方の心が戦いを決意するなら。その震えが、止まるなら」
 立ち上がったボルセルは、双蛇党式の敬礼をした。
「いつでもご参戦ください」
「……」
 答えあぐねている間に、指揮官であるボルセルを求める声があがる。応じると、「では」と言いおいて彼は駆けていく。そのまま兵たちに合流すると、すでに始まっている戦いの中へ飛び込んでいく。
 戦いは怖い。
 ドラゴンの侵入と戦いに、精霊たちが怒っている。その声も怖い。
 でも。
 ア・ルンは戦場を見る。
 兵が倒れる。癒そうとする幻術士をドラゴンの尻尾が襲う。
 ドラゴンが火炎を吐こうとするのを、冒険者部隊の剣術士が盾で殴りつける。その冒険者目掛け、ワイバーンが急降下して牙を振るう。
 人が倒れる。命が奪われる。
「……!」
 我知らず、ア・ルンは駆けだしていた。白蛇の守り人たちが慌てて後を追ってくる。 
「精霊よ、静寂を取り戻すためにも、我らに加護を!」
 叫び、杖を掲げる。
 癒しの力が戦場全体に広がった。力を得た双蛇党の兵たちが立ち上がっていく。
「我らに幻術皇の恩寵あり! 恐れるな勇者たちよ!」
 ボルセルが叫ぶ。剣を掲げたその顔が、ふとこちらを見た。頼もしい笑み。
 震えはもうどこにもない。ア・ルンなりの力強さで頷き返して、ア・ルンもまた叫んだ。
「精霊を信じよ! 森の恵みを享ける我らが、森を守るんだ!」

 同じく中央森林、スカンポの安息所。
 枯骨の森に潜伏していたウェアドラゴンの部隊は、ドラゴンたちの侵攻と同時にグリダニア白狼門へ襲撃をかけようとして――全滅した。
 門前で待ち受けていた一組の男女と、ウェアドラゴンたちを追跡し続けた双蛇党斥候部隊に挟撃されたのだ。
「ご協力、感謝します」
 斥候部隊の隊長が双蛇党式の敬礼をする。感謝された方のヒューランの女は、にゃはは、と軽く笑って手を振った。
「ぜーんぜん大したことしてないよ! もっと出てきてもいいのに!」
「よくない。調子に乗るなよイダ」
 隣のララフェルの男が、イダの台詞を即座に切って落とした。
「なんでさパパリモ。まだどっかに隠れてたりしない?」
「しない。強襲部隊に伏兵はあり得ないから、これで終わりだよ」
「ふーん」
「お前絶対わかってないだろ」
「うん! よくわからん!」
「これだよ……」
 溜息を吐くパパリモ。そのやり取りに少しだけ表情をやわらげた後、斥候部隊の隊長は「それでは、我々はこれで」と告げ、部隊をまとめ撤収していった。
「ほかのところは大丈夫かな」
「正確な戦況は双蛇党本部に確認しないとわからないけど、大丈夫だろうね。一致団結したときのグリダニアはすごい。これは他の二国に無い特徴だ」
「長老の木、いく?」
 イダがダンスタン監視哨のほうを指さす。そこから巨大な根を下れば、黒衣森の最重要地であるエバーシェイドへと至る。そこにある、黒衣森でもっとも齢経ているとされる『長老の木』に、『森の大精霊』が宿っているのだという。
 もしもそこが焼けるようなことがあれば、グリダニアはもとより、その基盤である黒衣森全体の危機だ。 
「不要だな。他に回ろう」
 こともなげにパパリモが言う。あまりもあっけなくパパリモが断言するので、イダはそれを信じた。普通はここまで断言されると不安になるものだが。
「わかった。やったろ!」
 白狼門を抜け、一旦グリダニアに入ってから他の地域へ行こうと決めた。イダが門へ進むのを見ながら、パパリモは一度足を止めた。
「ベントブランチに攻め入ってるドラゴンが大群になってるみたいだな。長老の木に行った連中が逃げてきてるんだ。――あそこへ攻め入るのは、無謀でしかない」
 イダが呼ぶ声がする。かぶりを振ってから、パパリモは歩き出した。

 そして。
 中央森林、エバーシェイド。
 『長老の木』の前には、ただ一人しかいない。
 そのただ一人が創る結界に、エバーシェイド全体が包まれていた。
 白き聖女。幻術皇、カヌ・エ・センナの結界である。
 上空をワイバーンが飛ぶ。降下し、侵入を試みようとした翼竜は、結界に阻まれ――結界そのものが放つ白い光に打たれて意識を失った。
 炎も雷も結界を破れない。どころか、結界へ向けてそれらを放ったドラゴンに対し、先のワイバーンを打ったのと同じ白い光が収束して放たれた。光に貫かれ、ドラゴンたちは朦朧となって落下する。死んではいない。だが、光に包まれた彼らは眠るようにして動きを停止していった。
 長老の木の根元に佇むカヌ・エは動かない。微笑みさえ浮かべてそこに立つ彼女に、ドラゴンたちは畏怖を覚えた。
「――!」
 ここを襲撃するドラゴンたちのリーダー格らしき大型の竜が、低い声で唸った。ベントブランチのほうへ飛び去っていく。
 他のドラゴンたちはうろたえ、慌ててリーダー格の後を追った。
「……」
 カヌ・エは、しばらくその遠ざかる姿を見つめていた。が、ふと目を細め、北部森林のほうへと顔を向けた。
「――強い悪意を感じます。……気を付けなさい、リ・ジン」

 北部森林、フォールゴウド。
 アルダースプリングス側の門を出たメイナードたちは、フロランテル監視哨との間にある開けた場所で立ち止まった。
 朝になろうという黎明のときだ。風は冷たく、彼らの髪をなびかせるほどに吹き付けていた。
 エールは久しぶりに竜騎士の鎧を纏った。すでに槍を片手に持ち、空を見上げている。兜に隠れ見ることはできないが、その目は闘志を漲らせている。
 メイナードは腕を組み、目を閉じている。どこにも力みが感じられない。自然体だ。
 アーシュラは体の線が出る黒い装束に身を包み、体の各所に巻き付けたスローイングナイフや各種特殊武装のチェックをしている。すでにバイザーを下ろした彼女は無言だ。
 ロジェはグランドカンパニーの士官装備ではなく、正式な双蛇党の盾役装備に身を包んでいる。タワーシールドは帝国兵から鹵獲したサーメット合金製で、ロジェ自身は本意ではないが、事態が事態だけにやむを得ず使用を決断したようだ。
「……冷えますね」
 空を見上げながら、ロジェが呟く。
「じきに忘れるじゃろ」
 答えたリ・ジンはドレスのように裾の広がった純白のローブ姿だ。長い黒髪を結い上げている。そのまま無言でいれば、花嫁のようにさえ見える。今日は眼鏡をしておらず、赤紫色の瞳が露わになっていた。
 シャルロットのみが、この場にいなかった。
「お出ましだぜ」
 エールが来訪を告げた。
 雷が空を裂いた。
 耳をつんざく咆哮と共に、黒紫の邪竜が雲を裂いて現れた。超高空から一息に降下してくる。
 全員が身構えるなか、スアーラは轟音を立てて地へと降り立った。
 衝撃をやり過ごした後、リ・ジンが前へ進み出る。
『まみえるのは二度目だが、覚えているか? 帝竜の子、黒紫の鱗持つスアーラよ』
 その言葉に、邪竜が反応した。リ・ジンが使ったのがドラゴン語であったからだ。
『貴様の策は潰えた。今頃お主の眷属は、集められ、倒されているであろう。お主の意図を理解して、撤退を選ぶ竜がいたとしても、残念ながら一体たりとも帰しはせん』
 スアーラが眷属たちに課したのは、状況判断。戦況を測り、統率者であるスアーラの意向をいちいち確認せずとも、自身の判断で戦闘を継続するか中断するかを決めること。敵の殲滅と言う第一目標が達成できない場合の状況判断を問うものだ。
 だが、多くのドラゴンにはその判断ができなかった。個々の戦闘力で勝るが故、ヒトを相手に撤退することは彼らにとって慮外の選択となるのだ。
 リ・ジンの指摘を、スアーラはじっと聞き、
『く……』
 頭を振り――笑った。
『くははは! 面白いことを言うな、角尊!』
 魔力によって直接届けられる言葉が、その場に居る者たちすべてに届けられた。人の言語として聞こえるのは、スアーラがそのように伝達しているためだ。
『ヒトの基準で我の流儀を推し量る愚を知れ、精霊の下僕よ。これで戻らぬ惰弱は要らぬ。残る強者がいればよし。おらぬなら何度でもやり直すまでよ』
 傲岸不遜にスアーラは言い放った。一片の情も無く語るその態度に、リ・ジンは眉を顰める。が、敢えて笑みをつくる。
「おお、厳しい父祖殿よな。しかし……」
 肩をすくめた後、リ・ジンは後ろへ下がった。杖を構える。
「それはお主が生きてこそであろう?」
 仲間たちはすでに臨戦態勢だ。エールが前に歩を進めながら吠えた。
「決着をつけるぜ、スアーラ!」
『……』
 しかし。
 叫ぶエールを見て、スアーラは首を傾げた。
『…………気に食わぬ。その目』
 不機嫌そうに唸りをあげる。
『せっかく我が堕としてやったのに。その目の光はなんだ』
「ああ?」
『妹を、弟を殺した』
「!」
『我を憎んだであろう?』
 スアーラが笑う。喉の奥で震えるように。
『我への復讐を誓ったろう?』
 スアーラが笑う。その決意を踏みにじるように。
『怒りに身を焦がしたろう! 孤独になろうと構わないと、仲間を捨てて我を求めたろう!』
 スアーラが笑う。悦びを露わにして。

『せっかくそう仕向けたと言うのに』

 スアーラが笑う。逃げる獲物を踏みつけるような、嗜虐が滴り落ちる。
「な……」
「こやつ……ことの最初からエールを狙っていたというのか!」
『そうとも。最初に気紛れで村を襲ったときに見染めたのよ。このヒトを我のモノにしようと。心の全てを我で埋めて、最後は喰らってみよう、とな! 聖竜の真似でもしようとな!』
 スアーラが笑う。げらげらと、竜とはこのように笑えるのかと誰もが思うほど、邪悪で醜悪な笑いだった。
『だから。妹だけ焼いたのも、弟を先に殺したのも、ヒトがクルザスと呼ぶ地から離れたのも、全て! すべてお前を愛するためだよ、エール!』
 哄笑と共に、その羽に黒紫の雷が走る。黒いエーテルが吹き上がる。
「……これで得心がいった」
 リ・ジンが呻きながら言った。
「なぜ、選ばれたのが黒衣森だったのか? それこそ、『近いから』でよかったのだな。一飛びして海都などに行けば、エールが追ってこられない。……エールを孤独にする。憎悪を育てる。それが見届けられることが重要だったのだ」
 それには答えず、スアーラはエールを見、それからリ・ジンたちを睨み据えた。
『ゆえに』
 憎悪と殺意が口から溢れ出る。
『主らは許せぬ』
 ぎりりと、歯を軋らせる音がした。エールだ。
 すべて。
 すべてをこの邪竜にいいように操られていたのだ。
 ミレーヌも。アロイスも。
 俺のせいで死んだんだ。俺が――
 俺がコイツを殺せなかったせいで。
 心を灼く炎が渦を巻く。
 失ったすべてが、エールの魂の中にある。村が、妹が、弟が、怒りと恨みと慟哭の炎に灼かれている。
 炎を解き放とう。
 たとえ自分が一片も残さず消えてもいい。
 奴を殺せるなら。
 怒りに満ちた一歩を、エールが踏み出す――前に。
「駄目」
 アーシュラがエールを背後から抱きしめた。スアーラへ仕掛けるための隠形を解除してだ。
「……!」
 驚くエールの耳元で、アーシュラが囁いた。
「そっちは、ひとりだよ」
 その一言で。
 エールは視野が広がった気がした。
 ここは壊滅した村じゃない。妹の死体も弟の墓もない。邪竜と。自分と。――仲間がいる。
「く……うははははは!」
 唐突に、メイナードが大笑した。エールの横に並び立ちながら、その兜を拳の横腹で殴った。
「ざまあねえなスアーラ! くだらねえ趣味にどれだけ手間ァかけたか知らねえが、こいつはもう独りじゃねえ。俺が、俺たちがこいつを独りになんてしやしねえ!」
『……貴様』
 滾る憎悪を吹き付けられても、メイナードは笑みを崩さない。真正面からスアーラの視線を受け止めている。
「へへっ」
 そのメイナードを見て、エールは笑った。自然と笑みが込み上げてきたのだ。こんなに心が軽いのは、生まれて初めてかもしれない。
 アーシュラがするりと離れて、その横に立つ。
「だいたいのとこ言われちまったな。けど、安心しろよスアーラ。俺の怒りが消えるワケもねえ。だから、テメエを殺すことになんの変わりもねえのさ!」
 エールが吠える。
 その宣戦布告に、邪竜は一切の笑みを消した。憎悪と殺意を湛えた声で応える。
『よかろう。その“仲間”とやら諸共に、お前を喰らおう。今、万感を以って、我が愛をここに成就せん!』
「クソキメェこと言ってんじゃねえイカレトカゲ! いくぞテメエら!」
「おうよ! ここで因縁を終わらせようぜ!」
 怒りと決意。
 狂愛と嗜虐。
 それらがぶつかり合う死闘が、今、始まった。

(中編へ続く)
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