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Juliette Blancheneige

The Meat Shield

Alexander [Gaia]

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『Mon étoile』(第二部三章前編)

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※ご注意
この物語は、『クロニクルクエスト:シャドウ・オブ・マハ』シリーズのネタバレを含んでいます。
あらかじめご了承くださいませ。


3-1

 パスファインダーズの面々が、傷を癒し、ボロボロになった装備を整え、再出発の準備を整えるまでに十日ほどかかった。
 その間に、レース・アルカーナの情報はどこからももたらされなかった。
 レース・アルカーナはどこにいるのか。
 ヤヤカはどうなっているのか。
 何一つ不明な状態は皆の――特にテオドールの――精神状態を不安定にさせたが、彼はそれを懸命に堪えている。明らかに堪えていると、三人の目には明らかだった。
 それでも、前に進まなければならない。
 一行は不安と戦いながら、出発の準備を行った。
 
「南ザナラーンへ行くよ」
 出発の朝、ノノノは言った。目的地であるノノノの故郷は秘匿された場所であるため、出発当日までどの方面に行くかさえ言わない。そのように、事前にノノノは説明していた。
「リトルアラミゴか?」
 メイナードの問いに、ノノノは首を振った。
「今回は筋肉の人たちもトカゲ野郎どもも関係ない。――がさつ猫ランドのほうへ行く」
「……それ現地で口にしないでくださいね」
 つまりは『忘れられたオアシス』のことなのだが、あんまりな言い方にリリが釘を刺した。
 『忘れられたオアシス』はサゴリー砂漠の突端に位置する、サンシーカーのウ族が住むオアシスだ。なお、そのオアシスを『忘れられた』と呼称しているのは部外者、主にウルダハ人だ。
 サゴリー砂漠を越えた南ザナラーン南端には、霧凪岬という土地がある。そこにはかつて町があったが、海賊の度重なる襲撃で町が衰退してしまった。加えて第七霊災で砂漠に断層が生じ行き来できなくなったため、交易商の足が遠のいてしまったのだ。
 かくしてオアシスはウルダハ商人たちから『忘れられ』たが、それはあくまでウルダハ人の主観でしかない。
 住人であるウ族のミコッテたちにとっては昔から『ウ族のオアシス』であった。
 テレポを用いてオアシスまで一足で飛ぶと、一行はサゴリー砂漠へ入った。ビエルゴズ・ストライクを抜け、砂漠の南端――砂漠と霧凪岬を隔てる深い断層のある場所まで、ひたすら移動した。
「ここ」
 岩山のふもと、大きな岩の後ろにノノノは回り込んでいく。三人は後を付いていくが、そこには岩肌しかない。
 しかし。
「――」
 ノノノが呪文を唱え、岩壁へと踏み出す。
「お」
 その姿が、岩の中へ消えていく。
「幻影魔法と防護魔法で、岩肌に見せてる。今、防護魔法だけ止めたから、みんなも入れる」
 岩の中から、ノノノの声だけが聴こえた。なるほどな、と頷きながら、メイナードが進む。ノノノと同じように、その姿は壁に消えた。続いて、リリ、テオドールと進む。
 内部は洞窟になっていた。かなり広い。チョコボキャリッジでも通れそうな広さだ。ノノノが、再び呪文を唱える。
「防護魔法を再起動。これで、周りの岩壁と同じくらいの強度になる」
 幻影魔法だけでは、偶然通り抜ける者がいるかもしれない。また、防護魔法だけ停止させるなら、幻影を途切れさせずに済む。これらは呪文を唱えると言ってもキーワード的なモノで、術師でなくとも使用できるのだという。
「周到ですね。これは、貴方の師が?」
「ううん」
 テオドールの問いに首を振りながら、ノノノが魔法の光を杖に灯す。
「最初にこれを創った人は、ずっとずっと昔の人」
 光に照らされて、洞窟の先が見える。床は石畳になっており、壁際の通路だけが階段状になっている。想像よりも作り込まれた環境に、テオドールは目を見張った。
「これは……」
「行こ。あらかじめ連絡はしてある」
 ノノノが歩き出した。
 洞窟はしばらく下りで、それから平坦な道が一時間以上続いた。途中で外に出て、峡谷を吊り橋で渡った。これは第七霊災時にできた峡谷を越えるために設えたものだそうだ。
 さらに洞窟を移動し、今度は上り坂。最後に少しだけ平坦な道を進むと、
「着いた」
 一行の視界には平野が広がっていた。
 さほど広い平野ではない。すぐ近くに見える集落と、羊たちが草を食む草原。それらを、山々がぐるりと囲んでいる。外からは窺い知ることが出来ない、まさに“隠れ里”であった。
「ここが、トーラーの隠れ里。あっちの村が、ベツェルの村」
 ノノノが村を指差す。彼女が指さした村の奥、切り立った断崖に埋まるようにして、塔があるのが見える。
「あれは……」
「わたしの師匠がいる塔。師匠は村の人に大師とか呼ばれていい気になっているので、あれは『大師の塔』と呼ばれてる」
「いい気に、って。それだけ皆さんに慕われているんでしょう?」
 ノノノの言い様にリリが苦笑する。村への道を歩きながらの会話だったが、村が近付くにつれ、奇妙なことに一行は気付いた。
「……誰も、いないように見えますけど」
 彼らが見渡す限り、村には一人の姿もない。昼下がりの茫洋とした日差しに照らされた広場にも、一つの人影も見当たらなかった。
 戸惑うリリに、メイナードが言った。
「視線は感じるぜ」
「……敵意は感じられませんね」
 後を継いだテオドールに、ノノノがこともなげに言った。
「外の人が来るのは久し振りだから」
 そのまま、広場へと歩を進める。
「それにしても」
 周囲を見渡しながら、テオドールが言う。
「珍しい意匠ですね。強いて言えばウルダハ的ですが……しかし似ていないところもある」
「ここはずっと昔からあるから」
「どれくらい?」
「ベラフディアができる前から」
「……何と?」
 ベラフディア。ウルダハの母体であった古代都市。その建国は、辺境に隠れ住んでいたララフェル族がザナラーンに移動して作り上げた、と言われている。
「その、『隠れ住んでいた辺境』のひとつが、ここ」
 そして、ヤヤカが支持していた学説によれば。『隠れ住んでいた』のは、第六霊災を生き延びたマハの魔道士たちで――
「いらっしゃいませ。ベツェルへようこそ」
 声と同時に、広場に面した大きめの家の扉が開いた。現れたのは、長い髭を蓄えた老ララフェルだった。
「ただいま村長」
 ノノノが手を振る。こちらへ歩みながら、老ララフェルはにこやかに手を広げた。
「おかえりノノノ。――初めまして、冒険者の方々。ノノノから連絡は受けております。拙はこの村の長、ニニガノ・トトガノと申します」
 深々と礼をするニニガノに合わせ、三人もそれぞれ礼をした。
「ここは」
 周囲を見渡しながら、ニニガノが言った。
「遥かな昔から、多くのララフェルと少しのヒューランが暮らしております。遥かな過去、ザナラーンへ進出する同胞たちと袂を分かち、そのままここに残ることを選んだ。そういう村なのだと、ずっとずっと伝えられております」
「ずっと閉鎖を?」
「そうでもないですな。こっそり外の世界へ出ていくこともあります」
 ニニガノの喋り方はゆったりとしたものだが、抑揚にノノノと通じるものがあった。
「外へ移住するものもおりますし、ごく稀に外の世界から新たな家族を迎え入れることもあります。あんまり悲壮感も排他性もないですな。てきとうにやっております」
 ほほ、と村長は笑った。
「でも、皆さんは……」
 リリも周囲を見渡す。もはや住民たちは『隠れて見ている』ことを隠そうとしていない。あちらこちらの扉が細く開いていたり、窓に人影が見える。冒険者たちの視線が向けられると、慌てて――しかし、どことなくわざとらしく――姿を隠している。
「まあちょっと久し振りでしたのでな、皆緊張しておるのですよ」
 にこやかにニニガノが解説するのに、ノノノが頷いた。
「うん。多分そのうち耐えられなくなって、出てくる」
「――さて、ノノ。大師様のところへ行くのだろう?」
「うん」
「ならば今のうちに。皆の好奇心が勝ったら、お客人たちも含め、三日三晩は質問攻め・歓待の宴ですぞ」
「それは……困りますね」
 テオドールが苦笑する。ノノノがそうだった、と言いながら割と真剣な顔で頷いているところをみると、どうやらそれほど誇張された表現ではないらしい。
 一行はニニガノと別れ、村の奥、『大師の塔』へと向かった。

 暗い部屋の中で、床一面が光っていた。
 広めの宿屋の一室程度の広さの部屋だ。床は一面の鏡のようになっており、そこに魔法で映された光景がある。雲海だ。遥かな高みから、遠くアバラシア山脈の上空に浮かぶ大雲海と浮島たちが映されている。
 雲海の中に、黒く染みのような影がある。
 近くの浮島と比較しても、かなりの大きさだ。
 影は、ゆっくりと雲海の中を移動している。
「……ケット・シーはなんと?」
 それを見つめていた人物が、抑えた声音で問うた。壮年の男性と思しき声だ。
 長い濃紺のローブ。長く美しい金髪が、微かに揺れた。
「『追い払いはできているので、今しばらく様子を見る』とのこと」
 返答する声は、若い女性のものだ。抑揚を欠く、淡々とした声。
「わかった。事変あれば教えよ、と伝えろ」
「畏まりました」
 女性の声が終わると、その気配が途絶えた。
 男はしばらく、微動だにせず、視線で黒い影を追っていた。
 突然軽妙なベルの音が部屋に響いた。
 男が無言で顔を壁に向けると、壁に画像が映った。塔の入り口に、見慣れたララフェルと、見慣れない男女三人。
「着いたか」
 呟いてから、男は部屋を出た。魔法の鍵がいくつも起動する。
「ふむ。ノノノめ、どんな厄介ごとを持ち込んできたやら」
 歩きながら言った。口調こそうんざりしたものだったが、その顔はほんの少しだけ、緩んでいた。

 パスファインダーズの面々が通されたのは、広い部屋だった。
 部屋自体は広かったのだが、所狭しと本棚が並んでいるため、実質的には片隅のこじんまりとした応接スペースへ通されたと言った方が正しい。
 彼らの目の前に、壮年のミッドランダー男性が立っていた。
 長身で、濃紺のローブに隠されて体格までは分からないが、細い首の様子からしておそらくは痩身だろう。腰まで届く長い金髪、細面の顔は均整がとれていて美しい。小声でリリが「わ……」と感嘆するのを、メイナードが横目でじろりと見た。
「ふむ。冒険者諸君、初めまして」
 どことなく尊大な雰囲気を感じさせて、男が口を開いた。美声だ。
「私がこのへちゃむくれの駄ララの師だ。名をフィンタンという」
 すかさず駆け出し繰り出されたノノノの脛蹴りを、見もせずに足を上げてガードする。以降は『足の鍔迫り合い』をしたままの会話である。
「ただいま師匠くたばりやがれ」
「おかえり馬鹿弟子その様子だと何回か床を舐めたな?」
「うっ……なぜそれを」
「私は偉大だからな! それくらい夜の間食前なのだよ無様くん!」
「太れ! 太れ!」
「ようし良いことを思いついたぞ。今日からお前のあだ名は床ペロちゃんだ」
 むきー! と叫びながらノノノが飛びあがり、杖を振り下ろした。ふっ、と鼻で笑いながらフィンタンが顔を傾けて避け――杖は肩に当たった。
「ぎゃあ!」
 威厳も吹き飛ぶような悲鳴を上げてフィンタンが肩を押さえうずくまる。
「ぐ……ぅっ、ナイス……ファイト」
 親指を立てるフィンタンに、ノノノが荒い息を吐きながら頷いた。
「トカゲの皮九枚で許してやる」
「なん……だと」
「いやどこまで続くんだよこの寸劇!」
 とうとう耐え切れず、メイナードが突っ込む。
「……」
 真顔になったフィンタンが立ち上がり、ノノノも仲間のところへ戻る。
「まあ、掛けたまえ」
「無視か!」
 さっさと座ったフィンタンは素知らぬ顔で、テーブルに置かれたカップを手にくつろぎ始めた。注がれているのは、牛乳で煮出し、砂糖で甘くした紅茶――チャイだ。
「そちらの自己紹介をお願いしてもよいかな? ああ、座ったままで結構」
 苦笑しながら頷いて、テオドールが自己紹介を始める。続いて、リリ、メイナードと自己紹介をした。
「ふむ。概ね理解した」
 一通り聞き終えた後、フィンタンはそう言ってカップを戻した。
「さて、本題だが……」
「師匠」
「なにかね? ノノノくん」
「師匠はマハの人?」
 単刀直入なノノノの問いに、フィンタンはごくあっさりと頷いた。
「いかにもマハだが?」
 あっさりなされた肯定に、一同は揃って息を呑んだ。しかし、更なる衝撃が続いてフィンタンの口から発せられた。
「故あって死ぬ訳にはいかんのでな。碌でもない方法を用いて寿命を延ばしている」
「えっ」
「あ!?」
「寿命を……!?」
「……師匠、そのままマハの人なの? 先祖がマハとかじゃないの!?」
 おそらくもっとも衝撃を受けているのは、寝食を共にしてきたノノノなのだろう。それが真実なら、フィンタンは千五百年以上前の人間だということになる。
「だからそう言ったろう。私は魔法王国マハの魔戦公フィンタン。魔戦公というのはだな、アレだ……極が付いたり絶が付いたりするくらい凄い魔道士ということだ。敬え。特に弟子」
「お……おう」
 あんまり敬っているような印象の無い返答をするノノノをじろりと見てから、フィンタンは一同に向き直る。
「それで? 私がマハの魔道士だとして、それを何故確認する? 事の次第を説明したまえ。――詳細に、だ」

 数時間かかったろうか。
 パスファインダーズの面々は途中休憩を幾度か挟みながら、フィンタンに促されるままに、今までの経緯を語った。フィンタンは基本的に口を挟まず聞いているが、要所要所で説明を要求してくる。ゆえに横道に逸れることもしばしばあった。
 話がレース・アルカーナ発見後、リムサで行われた会議から帰り着いたあたりに差し掛かったところで、夕食となった。
 食事はフィンタンとノノノが二人で作った。聞けば、フィンタンは年に一度だけ外へ出て、一月ほど滞在することがあるという.
「各地の料理を食べるのが好きでな。一人であちこちの料理店に入り、気に入ったものは自分でも作ってみるのだ。年に一回、一月のみとはいえ数百年同じことをしているからな。気が付けば割と食べられる技量になったというわけだ」
 出された料理は割と食べられるどころではなく、絶品であった。サーモンのムニエル、パエリア、マッシュルームソテーにコルドンブルー。所狭しと置かれた料理を、冒険者たちは感嘆しながら食べた。
「帰るといつも料理勝負するけど、勝ったことない」
 大きなエールのジョッキを抱えたノノノが悔しそうに言う。
「食材はどこから調達されてらっしゃるんですか?」
 グラスワインを空にしてテーブルに置いたリリが問う。フィンタンはリリのグラスにワインを注いだ後、ニヤリと笑った。
「企業秘密だが、今日は特別に公開しよう。私は自分で作成した魔法生物を所持していてな、何体かは人間型にしてある。それらを用いて食材を調達しているのだ。お前たち冒険者でいうところの、リテイナーのようなものだな」
 そのまま、ワインを自身のグラスに注ぐ。
「さすがに詳しいな、おっさん」
 強めの蒸留酒をストレートで飲んだメイナードが、やや顔を赤らめながら感心する。おっさん呼ばわりにリリが小声で注意をしたが、当のフィンタンは全く気にしていなかった。
「けどよ、ここからグリダニアなりリムサなりって結構かかるだろ」
 今テーブルに供されている料理のなかには、当地以外ではなかなか流通していないような食材も含まれている。
「ああ、かかるな。テレポ代が」
「テレポかよ!」
 言われてみればその通りなのだが。なまじここへの到達に陸路を辿ってきたため、隔絶されているものだと思い込んでいたのだ。
「帰りはどうされているのですか?」
 メイナードと同じ蒸留酒をロックで飲んでいるテオドールがさらに問う。
「エーテライト。地下にあるよ」
 師に替わりノノノが答えた。今回は皆を案内するために陸路を旅したが、普段は直接塔へ戻るのだという。
「あとで交感するといいよ」
「ふむ。まあいいだろう。強力な獣の希少部位などは高価いからな。市場で買い求めるより、お前たちに依頼したほうが安くつくかもしれん」
「おっさん食い物のことしか考えてねえな」
「まあなあ。悪いが魔法に関してはこちらが何枚も上手でな。とはいえ消耗品が入用になることはあるからな。買い求めさせはするのだが……」
 フィンタンが愚痴りながら酒杯を空けると、メイナードがすかさず注ぐ。
 気付けば料理はすべて皆の胃袋へ消え、皆はノノノが作った軽食を貪りながら酒を飲んでいた。フィンタンが想像していたよりも遥かに親しみやすい人物だったこともあって、酒宴は思ったよりも長引き――
「ふむ。これは続きは明日だな」
「今言う」
 顔を赤くしたフィンタンにノノノが突っ込む。そう言うノノノも顔が赤い。
「わはは違ぇねえ! 俺は酒が出たときかりゃもうあすたわなにゃって……わははは!」
 ろれつの回っていないメイナードが一人で爆笑している。リリはすでにその膝で寝ている。
「わかりました。片付けをいくらか手伝いますので、この場を宿泊にお借りしても?」
「いらんよ。客人は客らしく休みたまえ。部屋を案内をさせるので、そちらを使うように」
 そう告げると、フィンタンは袖をまくる。それを合図にしたかのように、広間に異形の者たちが姿を現した。マメットのような小型の者から、アラグ帝国製の機械のように大型で多腕のものなど、様々な姿をした魔法生物たちだ。
 彼らに片付けを手伝わせながら、フィンタンは自身も皿を持つと、ノノノに声を掛ける。頷く彼女もすでに、魔法人形から受け取った容器に余った菓子を詰め直したりを始めている。
「テオドール様、こちらへどうゾ」
 声のしたほう――足元を見ると、マメットのような魔法人形が礼をしていた。
「お部屋へご案内いたしまス。失礼ながラ、お連れの方々は運搬させていただきまス」
 ルガディンほどのサイズの魔法人形二体が、それぞれリリと、いつのまにか寝てしまったメイナードを抱えている。
「お願いします」
 テオドールは苦笑し頷いた。
 魔法人形に案内された部屋は簡素だが清潔な寝室だった。食事の前にすでに装備は外していたので、平服のままソファに身を投げ出すようにして座る。案内してくれた魔法人形が、部屋に浴室付属していると言っていた。至れり尽くせりだ。
「……」
 歓待は、されたが。
 フィンタンは、結論はもちろん、所感めいたことも口にしない。『すべて聞くまでは、私は何もコメントしないのでそのつもりでいろ』――話を始める前に、そう前置きはされていたのだが。
 焦る。
 天井へ向けて、手を上げる。
 あのとき、届かなかった手だ。
 己の不甲斐なさが、胸を突き破りそうになる。
 ヤヤカの名を呼ぼうとして、踏みとどまった。
 今、その名を口にしたら。
 ひとりのときに、感傷として、後悔として――恋慕として、口に出したら。
 悲嘆と自責から帰ってこれなくなる気がした。号泣して、この塔から身を投げ出してしまいそうだった。
 全く酔えなかったというのに、その身体は重く、心はぐしゃぐしゃだった。

 翌朝、朝食後。
「さて。続きと行こうか」
 昨日のダメージなど全く感じさせない余裕の態度で、フィンタンは向かいのソファに座る冒険者たちに話の続きを促した。
 こちら側は、いつも通りのテオドールとリリ、眠そうなノノノと、二日酔いでげっそりしているメイナード。
「では――」
 テオドールが語り始める。あの日、ヤヤカとクラリッサと別れ、仲間たちの待つクイックサンドへ向かった自分。それは間違いではなかったか。二人と共に、屋敷へ向かっていれば。
 後悔が胸を吐く。その震えを押し殺しながら、テオドールは語った。クラリッサから聞いたこと、それから自分たちが見聞きしたこと、そして――敗北の様を。

「――以上です」
 すべてを語り、テオドールは軽く目を閉じた。昂る心を鎮めるために。脳裏に焼き付いた、届かなかった自分の手と、レース・アルカーナ。それを振り払うために。
「ふむ……」
 フィンタンは溜息を吐く。その顔は、心なしか歪んでいた。嫌なことを聞いた、とでもいうように。
「それで、私ならば何か知っているかもしれない、と思ったわけか」
「うん」
 ノノノが頷く。
「……まず、そのヤヤカという娘は、自らのルーツに連なるかもと思い、マハを探そうと思った……のだったな」
「はい」
「マハを探す……か」
 もう一度溜息をついたフィンタンは、困ったような、呆れたような表情になった。
「行ってもロクなことが無いと思うぞ?」
「知ってるの」
 ノノノの問いに、フィンタンは片方の眉だけを器用に跳ね上げて言った。
「無論だ。その気になれば案内だってできるぞ」
 ごく軽い口調で、衝撃的な事実をフィンタンは口にした。
 それが事実なら。
 ヤヤカの、自分たちの冒険とは一体。
「……第六霊災で消えたりは」
「しないさ。そうでないことくらいは分かる。今も大マハの首都たるマハの中心、ピラミッドは生きている。住民は死に絶えようと、その機能は失われていない。――ここでモニタできているのでな」
「……!」
 ノノノを含め、パスファインダーズ全員が愕然とした。言葉もない。
 本当に。
 ノノノが帰郷した折にでも、フィンタンにヤヤカのことを話していたなら。
「無理」
 そう呟いて、ノノノは顔を伏せた。さすがに、自らの師が千五百年以上の時を生き、実際にマハで生きた魔道士で、しかも現在のマハの首都の位置さえも知っているなどと、思いもしなかった。
 そこまでの秘密は到底抱えられない。
 知ったら、ヤヤカに言わないでいられる自信は無い。
「自分を責めるなよ、ノノノ」
 フィンタンが釘を刺すように言った。
「もしお前が事前にこれらの事実を知っていて、そのヤヤカという娘がここへ来て私にマハの案内を乞うたとしてもだ。私はそこへは行かないし、お前たちだけでそこへ行くことは許さないぞ」
「……え?」
「理由は簡単。死ぬからだ」
「それほど……なのですか」
「それほどだとも」
 テオドールにこともなげに言って見せ、フィンタンは肩をすくめる。
「例えお前たちが運よく内部へ侵入できたとしても、決して中枢には近付けない。そこには――」
 苦虫を噛み潰したような顔で、フィンタンはそろりと言った。

「オズマがいる」

「え?」
「なんて?」
「オズマだ。お前たちがレース・アルカーナと呼んでいるそれの、元となっている物体の名だよ」

(三章中編に続く)
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