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ヤヤカとテオドールが応接室に入ると、そこに一人の男がいた。ミッドランダーだ。
窓辺で街並みを眺めていた男に、テオドールが「お待たせした」と親し気に声を掛ける。ヤヤカは、その男に見覚えがある。が、誰かを思い出せなかった。
ミッドランダーの中では背が高い部類に入る。肩幅が広い。
黒髪に、黒い目。二十代半ばだろうか。淡々とした、歳に似合わぬ落ち着いた雰囲気の青年だった。
グランドカンパニーの士官が着るようなコートによく似たものを着ているが、グレーに黒のアクセントが入ったそれは、どの都市のものでもなかった。
男はテオドールに一言ああ、と応じてから、ヤヤカのほうを向き、言った。
「五年ぶりだ。ヤヤカ・ヤカ」
その声を聴いて、ヤヤカは彼が何者かを思い出した。
「セイン――セイン・アルナック……!」
それは、ヤヤカの親友シンシア・コールドストーンの恋人の名だ。シンシアは彼に憧れて冒険者になり、彼と共にカルテノーへ行き、そして――帰らぬ人となった。
「どう……して。どうして生きてるの!? 死んだとばかり……!!」
「幾つかの偶然に助けられ、生き残った。君に会いに行かなかったのは、俺の心の弱さゆえだ。済まない」
表情も口調も淡々としていた。けれど、ヤヤカは彼が嘘偽りなく謝罪していると感じられた。けれど。彼が生きていたことの動揺で、今のヤヤカにはその謝罪は響いてこない。
「シンシアは!? 貴方が生きているならシンシアだって――」
「彼女は、死んだ」
「……ッ!」
断ち切るようなセインの言葉が、ヤヤカの心を一瞬で冷やした。
「帝国の飛空艇が落ちて俺たちは分断され、そこに……あの光が直撃した。バハムートの放った破壊の光が」
「あ……!」
ヤヤカも見ているあの光。ウルダハ近郊にも落ちた、あの破壊の熱と光。
「俺は、直前に発生した地面の崩落と、“その下”に潜んでいたモノに捕らえられ、一命を取り留めた。全身火傷で死亡寸前だったが。――だが、見たんだ。熱線が、シンシアへ降り注ぐ様を」
「――」
ここでセインは目を閉じた。脳裏に焼き付く光景を見るかのように。
「だから、最期の言葉も聴けていない。形見もない。君に合わせる顔が無かった。霊災復興を口実にして、ずっと後回しにしていた。――すまない」
そう言って、セインは頭を下げた。
ヤヤカが言葉を失っている間に、抑えた声でテオドールがセインに問いかける。
「……セイン。五年前、フォールゴウドで会ったのは」
「地下から脱出をしたら、あの場所に転移していた。ダラガブの爪から、俺たちは出てきたんだ」
「……なるほど」
テオドールは頷き、ヤヤカへと告げた。
「以前お話しした、私の冒険者としての師であり友である男。それが彼、セイン・アルナックなのです。……まさかお知り合いだとは」
ヤヤカは驚いた。確かにそういう話は聞いたと思っていたが。
「……名前までは、聞いていなかったかも」
不思議な縁だと、ヤヤカは思った。それから、ふと疑問に思ってたことをセインに訊いてみる気になった。
「一つ教えて。霊災で亡くなったシンシアのご両親のお墓に、毎年お花を捧げてくれていたのは、貴方?」
「……ああ」
ずっと不思議だったのだ。自分以外に訪れるものがいないシンシアの両親の墓。ヤヤカとて、霊災の日に兄の弔いに東ザナラーンへ行き、帰りにウルダハのエラリグ墓地へ寄る、そのような機会でしか訪れていない。それでも行けば、必ず花が手向けてあった。
それだけ聞ければ十分だ。
「わかったわ。それならいい。貴方を信用するし、その……シンシアを失って悲しいのはわたしだけじゃなかった。辛いことを話させてごめんなさい」
ヤヤカは頭を下げた。セインが淡い微笑を浮かべ、それに応えた。
「そう言って貰えると助かる。ありがとう」
三人はしばし、故人への祈りを捧げた。
それから仕事の話になった。
セインは非常に呑み込みが早く、ここへ至るまでの顛末をすぐに理解した。
「“敵”の正体が知りたいところだな。――推測だが、“敵”はレース・アルカーナが『何であるか』を知っているのかもしれない」
セインの指摘に、テオドールが頷く。
「確かに、そうであれば、レース・アルカーナのみを狙う理由も説明がつきます」
「……一体、誰なの……マハと繋がりのある者が実はいた……とか?」
「かもしれないな。あるいは……」
そこまで言って、セインは言葉を切った。首を傾げるヤヤカに、セインは肩をすくめた。
「いや、不確定なことを言ってもどうしようもない。忘れてくれ。――それより、いつ出発だ? こちらはいつでもいい」
「そちらの都合を考えて二日後までには、と思っていましたが」
「俺たち待ちだったのだな? ならば話は早い。すぐに行こう」
セインが立ち上がったので、ヤヤカは驚いた。
「今から!?」
テオドールが苦笑する。
「相変わらず即断即決ですね」
「“敵”の動きを見る。襲われることは確実だが、その挙動から“敵”がどういう相手か測りたい」
その姿を見上げて、ヤヤカは思い出す。五年前、まだ二十歳になるかどうかという若者なのにもかかわらず、すでに冒険者として知られていたセイン。行動力に溢れ、どんどん仕事を持ってくるのでついていくのが大変だ、とシンシアが言っていた。
本当に、相変わらずなのね。
「――わかったわ。 貴方を信用しましょう、セイン・アルナック」
ヤヤカは、説明のために応接室の机に置いていたレース・アルカーナを手に取ると、セインに手渡した。その透明な板をしばし眺めてから、セインは頷いた。
「確かに、承った」
セインが出発した後から、ヤヤカたちは出発の準備を始めた。
とはいえ、セインに言った通りすでに荷造りの類は済んでいるのだ。あとは出発のために待機しているスタッフに声を掛けるだけだ。――正確には、スタッフ及び協力者の三人に。
まさかギルドマスターたちがああもあっさり同行すると言い出すとは、さすがにヤヤカも予想外だった。
「かの碩学、ク・リド・ティアと知見を交わす機会など滅多にあるまい!! 他人に任せる? ありえるか! そんな与太話!!」
「巴術のエーテル使用効率には前々から興味がありました……。もう弟たちは説得済みですので……ご心配なく」
「シド会長から許可は下りています。問題ありません」
会社からではなくシド会長から、というのが気になったが、この辺りに関してはもうヤヤカは気にしないことにした。なんにせよ、多くの人材が解明に動こうとしてくれている。こんなに嬉しいことはない。
ほどなく準備は整った。
ヤヤカとテオドール、そしてクラリッサの三人は飛空艇での出発となる。天気は快晴で、飛空艇は問題なくウルダハ・ランディングから離陸した。
流れる雲を見ながら、ヤヤカは傍らに立つテオドールを意識した。いっそ、このまま二人で遠くまで行ければいいのに、と思う。
しかしそれは叶わない。
己の置かれた境遇故に。
ヤヤカ自身の夢のために。
まばゆい蒼空を見つめていても、その心には重く、黒い雲がわだかまっていた。
(第一部完、第二部一章へ続く)
※本編と第二部を繋ぐ、「魂を紡ぐものセイン 1.5話」がこの後に書かれます。そちらをお読みいただくと、本編の補完となります。