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Juliette Blancheneige

The Meat Shield

Alexander [Gaia]

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改訂版【魂を紡ぐもの セイン】第一話『思慕のマテリア』8

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「ルーシー……大丈夫なのか?」
 ルクレツィアの戦いを見たアステルが慌てた声を出すが、対するセインは淡々としていた。
「問題ない。だから、こっちに集中しろ」
 セインは、ルクレツィアの戦いを見ていない。彼女が戦い始めてから、すぐに背を向け、アステルに声をかけたからだ。いっそ冷たいとも言えるセインにアステルは戸惑ったが、
「君と俺の仕事が早く終われば、それだけルーシーも楽になる。今は、ミリアムさんを助けることを考えろ」
 そう言われて、後ろ髪を残しつつもセインを見た。
 アステルは今、ナイフを握っている。セインに報酬として要求されていた、父が使い、姉が使い、自分が使っていたナイフだ。セインはアステルの正面で、その刃を両手で挟み込んでいる。
「使わせてもらうぞ。君の父、ミリアムさん、そして君が使い続けてきたナイフ。家族の歴史が宿る道具を」
 妖異のほうから、くぐもった悲鳴が聞こえた。間違いなく姉の声だ。それを聞いて、またもアステルは動揺する。
「ねえちゃん……!」
「救うぞ。必ずだ」
 今度は注意せず、セインはそのままアステルに覚悟を促した。
「うん!」
「――いくぞ」
 そして、セイン自身は目を閉じ集中した。
 ナイフが光を発する。ナイフ自身が内側から光を発しているのだと気付いて、アステルは驚く。
「武具に宿りし人が心、マテリア変わりて輝き放つ……」
「え?」
「師の教えだ。人が使い込むことで、道具は使い手の心を宿す。その心を宿した道具を、想いと記憶の精髄へと変化させる。――それが、マテリア化という技術だ」
 目を閉じたままセインが言う。聞きなれぬ言葉を、アステルは口中で繰り返す。
「マテリア……」
「俺はちょっとだけ他人と異なっていて、マテリアに人の想いをさらに加えることができる。
 アステル、君の想いを、ミリアムさんへの想いを、俺と――このナイフが生まれ変わるマテリアが届ける。
 だから、込めろ。君の願いを。ミリアムさんへの希いを」
「俺の……想い」
 アステルはまっすぐに姉を見る。それからぎゅっと目を閉じると、ナイフにありったけの力を――気持ちを込めた。
 そのとき、妖異の放った火炎魔法が流れて、セインとアステルのほうへと飛来した。
「させん!」
 ポポヤンが盾を掲げる。激突した魔法が盾に弾かれて爆発を起こす。吹き飛びそうになる身体をダックとトゥイグが支えたが、それでもなおポポヤンは後ろへ飛ばされた。
 グレッグが盾を掲げてその穴を埋める。
 ポポヤンたちの援護を受けて、アステルはさらに強くナイフを握り、ありったけの想いを注ぎ込んだ。
 光が渦を巻く。
 やがてその光はアステルを、セインを飲み込むほどに大きく輝いた。アステルの手からナイフを握っていた感触が消える。代わりに、その掌に光が凝縮していき、最後に一際強く光って終息した。
 後に残されたのは、淡いオレンジ色の小さな石だった。
「……完成だ。『思慕のマテリア』」
「思慕の、マテリア……」
 掌でゆっくりと、淡く輝く石。それは微かに暖かく、そして、アステルを何故か懐かしい気持ちにした。
 差し出されたセインの手に、マテリアを託す。
 受け取ったセインは、奇妙な道具を携えていた。
 それは、刃の無い剣だった。柄と鍔だけの、壊れた剣にしか見えなかった。
「見ていてくれ」
 言って、セインはマテリアを剣の鍔元にある穴に軽く嵌めこんだ。再び、目を閉じて集中。今度はさきほどのマテリア化よりも素早く小規模で、けれど鋭い光が放たれた。
 そして――
 刃が、生まれていた。
 淡いオレンジ色の、嵌めこまれたマテリアと同じ色の光の刃だった。幅広のブロードソード状の刃は、セインが振るうと光の軌跡を残した。
 右腕に装着されている剣を、留め金を外して地面に落とすと、セインは盾と光の剣を構えた。正面で続く戦いを見据えたまま、アステルに告げた。
「行ってくる」
「……ああ!」
 駆け出すセインにとっさに言葉が出てこず、ただ了解の頷きだけをアステルは返した。けれど、伝わっているはずだ。自分の想いなら、今セインの手元にあるのだから。

「もう逃げられまいッ!」
 束縛呪文を受けてしまったルクレツィアへ、アストー・ウィザートゥの触手が殺到した。八本すべてが先端を赤黒い刃へと変化させ、刃の嵐となって殺到する。
 だが。
 ルクレツィアはもう、背後から駆け付けるセインの気配を感じ取っていた。――だから、
「お任せするよ、セイン」
 八面体状の光が、ルクレツィアを包む。同時に、光の鎖がセインからルクレツィアへと伸び、つながった。
 直後に襲い掛かった触手の攻撃は、しかしルクレツィアには毛ほどの傷もつけない。その攻撃のダメージはすべて、盾を構え妖異とルクレツィアの間に割って入ったセインへと与えられ、そして同時にセインが用いたいくつかの技の併用によって凌がれていた。
「待たせた」
 負ったダメージなど微塵もないという風情で、セインが一歩前へ踏み出す。
「ぜんぜん。んじゃま、がっつんとヨロ」
「任せろ」
「ちいッ!」
 乱入したセインが自身の攻撃で倒れぬことへ舌打ちしつつ、妖異はむしろセインの手にある光の刃に注目した。
 それは、武器としての威容を微塵も感じなかった。前夜にかの冒険者が揮っていた奇妙な剣に比べ、まるで殺意を感じぬ。
「面妖な――」
 だからこそ注視せねばならない。必殺の威力を何らかの方法で封じ、こちらへ斬り込むと同時に解放する意図かもしれない。
 無意識に後退しかけた妖異は、そこでルクレツィアの姿を見失ったことに気が付いた。
「――ッ!」
 ほんの一瞬だ。刹那の間だけ、男の武器へ注意を向けただけだったはずだ。どこだ、と感知能力を全開にする寸前、答えは出た。
 ルクレツィアは妖異の真後へ到達するところだった。一瞬の隙を突き、束縛されていた間に充填した魔力を解放し、瞬間転移めいた移動力を発揮したのだ。
 そして、彼女は妖異に背を向けていた。背中合わせ。それを攻撃の予備動作だと思ったことが、アストー・ウィザートゥの敗因の一つだったろう。触手と羽根でルクレツィアを迎撃せんとした直後。
 大地を砕く轟音がした。巨大な衝撃が妖異を襲った。そのまま背中が叩きつけられたのだと理解する間も無かった。
「が……ッ!」
 それが鉄山靠なる技だと、妖異は知らない。
 高空から落下したに等しい威力のそれに、妖異の身体が硬直する。
「セイン!」
 叫びは攻撃を促す呼びかけではなく、声援であった。
 何故なら、そのとき既にセインはアストー・ウィザートゥへと斬りかかっていたからだ。
 絶妙なタイミングでの攻撃連携。しかし妖異も、不十分な実体化であるとはいえ、さすがは高位の存在である。硬直し動かぬはずの身体を操り、セインの刃をミリアムの側へ当てるようにした。
 それすらも読まれていると気付かずに。
 光の刃がミリアムの身体を貫いたとき、妖異はしてやったりと思い、その刃が何の痛みももたらさぬことを疑問に思わなかった。
 刃が根元から砕け、刀身がミリアムに刺さったまま、それでも一切のダメージが無いと気付いたときにはもう遅かった。
 刃は強くオレンジ色に輝き、同時にミリアムも、妖異も、淡いオレンジ色に光を帯びた。妖異は動けない。ただ、その身が暖かな光に包まれていくことに動揺を禁じ得なかった。
「なにが――」

 昏い闇の底で、ミリアムはうずくまっていた。
 愛する人を失った。とてもとても愛していたのに。
 世界は、最悪の形でミリアムを突き放した。
 だから絶望したのだ。
 こんな世界は嫌だと、もう生きていたくもないと、決別しようとしたのだ。
 怪しい男に“復讐”を持ちかけられたのだって、捨て鉢になっていたから受け入れたのだ。
 どうせ、復讐などできないのだ。
 銅刃団が憎い。エーリヒを殺したやつらは、絶対に許さない。
 でも。
 復讐したらエーリヒが蘇るとでもいうのだろうか? それこそ絶望的だ。
 だから、だから絶望していた――のに。
『妾の依代たるはお前か、小娘』
 妖異はミリアムの心を暴いて、無理矢理復讐を始めた。それはある意味心地よく、そして心の底からの恐怖だった。
 嫌だったから、抵抗し――心を閉ざした。
 妖異に賛同して、妖異になりたいと思っている自分。思わされているかもしれないことは、この際関係なかった。
 妖異を恐怖して拒絶するけれど、でももう何もしたくない、諦めた自分。
 多分、諦めている自分は消えるんだろう。そうして、自分は妖異の体と成り果てるのだ。
 そう、思っていたのに。
『ねえちゃん!!!』
 アステルの絶叫が、彼女の心を揺さぶった。
『帰ってきてよ、こっちにきてよ、そんなのやだよ、ねえちゃん、ねえちゃん……!!』
 闇に心を浸してしまったミリアムには、もう、それが誰の声か分からなかった。
 けれど。
 とても大事なことのような気がしたのだ。声の主が誰か、それを考えることが、とても大事なことだと思えたのだ。
 でも。
 それさえも封じ込まれた。目も口も耳もふさがれ、ただ妖異のもたらす殺戮の結果を恐怖と共に待ち続けるしかなくなった。
 ここでこうして、膝を抱えて、泥のような闇に身を浸して、溶けていく。

 女の人の声がした。
 耳も塞がれているのに、その人の声はよく聞こえた。

『今からアンタを救い出すよ。ていうか、アンタが自分の中からコイツを追い出す手伝いをしてやる』

 どうやって……?
 そんなこと、無理に決まってるのに。

『アンタ自身が戦わないなら、何も変わらない。――けど』

『戦うなら、変われる。そのときは、戦うときは、もうすぐ来る。だからカクゴを決めときな!』

 カクゴ――覚悟。

「そんなもの……」

 見当もつかない、と呟いたとき。
 闇の世界に、雪が降ってきた。
 淡いオレンジ色の、雪だ。
 それはふわふわと降りてくる。一つがミリアムの掌に落ちて、ふわりと光を放って溶けた。
 途端に。

「ねえちゃん!」
 釣竿とバケツを手に、笑顔でこちらへ向かってくる誰か。

 足をくじいて歩けないミリアムに、
「俺が薬草採ってくるよ」
 と、心細さを押し殺しながら言った誰か。

 ケンカもして。
 でも、心の底から憎むなんてできなくて。

「おいで、アステル」
 手を差し伸べる自分。そうだ。アステルだ。自分の、弟。たった一人の、家族。
 
「ねえちゃん……戻ってきてよ。俺はまだ姉ちゃんと一緒にいたいよ……!」
 顔を上げると、淡く輝くアステルの似姿がいた。泣きながら、こちらを見ている。
 ……そうか。
 わたしは一人じゃなかった。
 エーリヒが殺されて、悲しくて悲しくて、心を全部悲しみで埋めてしまって……だから、一番近くの弟を見落としてしまった。
「……まだ、間に合うかな……?」
 間に合うよ! という弟の声に、さっきの女の人の声を思い出す。戦うなら、変われる――と。

 手を差し伸べる。アステルの似姿の手と触れ合う。
 ぎゅっと握る。
 合わせた掌から光が迸って、闇の底に満ちる。
 光は痛みでもあった。
 向き合う痛み。でも――自分からは、逃げられない。だから、ミリアムはその痛みを受け入れる。
 痛みを受け入れながら、叫んだ。
「わたし……戻りたい。アステルのところに帰りたい……!」

 光が、より強く妖異とミリアムの身体を包む。強まっても目を指すような鋭さの無い光だが、妖異にはそれがたまらなく苦痛のようだった。
「く……ッ! ば……か、な……ッ!」
 光は力強く脈動する。その度、妖異の体はぼんやりと薄れ、次第にミリアムから離されていく。
「こんなことが……ありえぬ!」
 ミリアムの体が、光の中で修復されていく。乱雑に縫われた呪力も消え、妖異の痕跡を残さぬ姿へと戻っていく。
 その身体が、ふわりと地に落ちる――前に抱きとめたセインが、ミリアムから分かたれ、黒くわだかまる闇の塊と化したアストー・ウィザートゥへ告げた。
「終わりだ、アストー・ウィザートゥ。その何百分の一かは知らないが、お前はヴォイドへ還ることもできない」
 慌ててこの場からの転移を実行しようとする妖異は、そのとき既にルクレツィアが宙に浮く妖異よりも高く跳躍していることを知らない。
 故に。
 落下しなら振り抜かれたルクレツィアの手刀に、なすすべもなく真っ二つに切り裂かれるしかなかった。
 それは、すさまじい速度と威力の斬撃であった。
 空間そのものが軋みを上げ、次元の亀裂を生み出すほどの技。
「――カオスセイバー」
 散り散りになり消滅していく妖異を見ながら、セインがその技の名を呟く。
 歪んだ空間が元に戻るころには、妖異、アストー・ウィザートゥはこの世界より消失していた。
「おつさま!」
 消失を見届け、ルクレツィア――ルーシーは満足げに笑った。
 カオスセイバーなる技を放った直後から、彼女に起こっていた変化は終息していた。その身体は至る所に傷を負い、率直に言って重傷なのだったが、ルーシーは笑顔だった。
 その笑顔のまま、ふらりと倒れる――のを、セインが抱きとめた。
 ミリアムをポポヤンたちに預け、そのまま滑るように移動していたセインだった。こうなることを事前に分かった上での動きであったし、ルーシーにしても、半分は本当に立っていられなくなったためで、もう半分はセインがそうしてくれることを信じ切っていた行為だった。
「ん」
 抱きとめられて満足げに頷く。それにセインが無言で頷き返すのを見届けると、ルーシーは目を閉じた。目を閉じた姿は先の人形のようなそれではなく、完全に油断しきった、年端もいかぬ少女のような寝顔であった。
「…………」
 少しだけその寝顔を見つめてから、セインはルーシーを両手で抱きあげた。
「……ねえちゃん……!」
 ライラック連隊の面々に保護され、毛布にくるまって担架へ乗せられるミリアムを、心底心配そうな表情でアステルが見つめている。
 身体に傷は無いが、顔色はかなり悪かった。
 そのとき、ミリアムの瞼がゆっくりと開かれた。
「……ア、ステ……ル」
 かすれた、小さな声で弟の名を呼んで、彼女は笑った。
「だいじょぶだから……ね」
「うん」
「……ごめんね」
「うん」
 なおも喋ろうとするミリアムを、セインが優しく制した。
「外傷は無いが、体内エーテルは相当枯渇しているはずだ。……もう、大丈夫だ。君を蝕んだモノはもういない。今はしっかりと寝ることだ」
「……はい……」
 最後は消え入るような声で応えを返すと、ミリアムは目を閉じた。すぐに寝息を立てはじめる。
「アステル」
 セインが声をかけると、アステルは泣いていた。喚くような泣き方ではなく、静かに、涙を流れるままにしていた。
「頑張ったな」
 静かに称賛したセインの言葉に、アステルは頷いた。そして俯くと、今度は声を出して泣き始めた。
 丘までチョコボキャリッジを引いてきたトゥイグが、アステルの傍へ来て、やや乱暴に頭を撫でた。撫でたというより、鷲掴みにして頭を振り回す勢いだ。
「やったじゃねえか!」
 泣き笑いになったアステルが、何すんだよ、と抗議しながら逃げて、ミリアムをキャリッジに収容したダック、グレッグの後ろに回る。
 騒がしい一団を穏やかな視線で見つめながら、セインはポポヤンに言う。
「ポポヤン殿」
「うむ」
「妖異に憑依されていた状態からの帰還例は極めて少ない。が、過去の数少ない例を基にするなら、回復には整った施設が必要だ。配慮願えるか」
「承知した。――そちらは大丈夫か」
 ルーシーを心配そうに見るポポヤンに問われ、セインが答える。
「ああ。外傷はあるが、それよりも疲労が強い。しばらくは休ませるさ」
「……彼女が何者かは、答えてはくれんのだろうな」
「古代アラグ文明に関わる者であるとしか、今のところは」
 途方もない存在の名を出されて、ポポヤンは軽く絶句した。
「それはなんとも……込み入りそうだな」
「違いない」
 そういってセインは軽く笑った。
「すべて片付いたら、酒の肴にでも。そう遠くない約束にするつもりだ」
「期待している」
 そう言って、セインとポポヤンは自らの盾同士を軽くぶつけ合った。
「さあ――帰ろう。ウルダハへ帰還するぞ、お前たち!」
 ポポヤンの大声が、黎明を迎えようとする薄紺の空へ響いた。

 その後。
 ミリアムはウルダハ都市内の施療院に、回復まで滞在できることとなった。
 ポポヤンが手配したのと、セインが呪術士ギルドと錬金術師ギルドの知己へ連絡を取り、協力を要請したことで可能となった。
 『妖異に憑依されたが生還した人間』は貴重な存在であり、両者とも彼女の爪や髪などの若干の生体資料の採取と、エーテルを測定していった。
 ルーシーは丸一日深い眠りにつき、目を覚ました後はクイックサンドでモモディが呆れるほどの食欲を示した。
 その後、セインと共に宿屋の一室に籠り、翌朝からは肌をつやつやさせ、とても上機嫌である。
 セインとルーシーはウルダハに来た本来の目的、補給や情報収集のため、一週間ほど滞在した。
 その間、ミリアムはたびたび顔を見せるルーシーと仲良くなり、アステルはセインと釣りに行ったり護身のための格闘術を習ったりした。

 そして――
「……バイルブランド島、ってここか」
 壁にかかるエオルゼアの地図を見上げて、アステルは呟いた。今まで地図などザナラーンのものを見る機会がわずかにあっただけなので、アステルにとってはそこは未知の領域だった。
「何見てるの?」
 書類棚に分類して閉じた紙束を収めに行ったミリアムが、戻ってきて訊いた。
「セインが言ってたんだ。次の目的地はリムサ・ロミンサだって。でもそれってどの辺だろうって思ってさ」
 ここは、銅刃団ライラック連隊の事務所。
 ミリアムとアステルは、それぞれライラック連隊の事務員と雑用係になった。元々連日の事件対応で書類仕事ができない隊員たちから要望されていたことだ。それを、ポポヤンが二人へ職を紹介するという形で対応したことになる。
 アステルは、ポポヤンや手の空いた他の隊員から読み書きや様々な知識を教えられていた。もっとも、難民暮らしの間にもミリアムが読み書きの基礎を教えていたので、さほど苦労はしていない。
 ミリアムは職人であった父から、原価や収支の計算のために算術も教えられていた。それが事務作業に役に立つのでは、とポポヤンに進言したのはセインであったが、二人はその事実は知らなかった。
「そっか。でももう一か月も前の話だから、もう他の場所へ行ってるかもしれないよ」
「あ、そうか」
「……もう一か月も経つんだね」
 一か月前、二人は驚くほどあっさりと旅立っていった。
 アステルなど、出発の当日、朝釣りをしている時に「ああ、俺たちは今日発つから」と突然言われ仰天したほどなのだ。
 でも。
 それも、あの二人らしいかな、とも思う。それに、これが決別では無いことは、アステルにもわかる。
 いつかなんてわからないけど、また――会える。自分を含め、皆、そんな気がしているようだった。
「――そういえば、トゥイグさんがリムサの生まれだって言ってたよね」
「うん。『木端海賊のさらに下っ端』って、自分で言ってた」
「……あ、自分で言うんだそれ」
 ミリアムが苦笑したとき、びえっくし、と大きなくしゃみともに、事務所の扉が開いた。
 お帰りなさい、とミリアムがポポヤンとその部下たちを出迎える。
「ポポヤン大隊長、ダックさんグレッグさんお帰りなさい!」
 アステルも大きな声で挨拶をした。
「オイ俺は」
「あっいたの」
「てっめ」
 いつもの軽口でふざけあって、アステルとトゥイグは事務所の隅で軽く当てるだけの、蹴りや拳の応酬をした。ここへ来た最初の内はトゥイグに負けっぱなしだったアステルも、専門職であるダックの指導を受けて、最近では三本に一本は取れるようになってきていた。
「もう……。二人とも、やるなら外でやってください!」
「いや、そもそも仕事中ですけどね……」
 グレッグの控えめな指摘は、ミリアムの剣幕には届かなかったようだ。
「みんな手を休めて聞いてくれ。新たな事件だ」
 ポポヤンが手を叩き大声を出した。トゥイグら以外の隊員たちも、ポポヤンを注視する。
「豪商アタジ・ラレジ氏のご息女が失踪した。いくつか不可解な点があり、我々に捜査権が委譲された。まず――」
 ポポヤンの説明を聞きながら、アステルはちらりともう一度地図を見る。
 世界のどこかを旅している年上の友人に、一瞬だけ思いを馳せた。
 同じ世界の空の下で、今もきっと、セインは誰かのために戦っている。
 彼に、いつか成長した自分を見せよう。
 それはアステルの密かな、そして姉やトゥイグたちには公然の目標だ。

 今度は俺がお前を助ける。それまで俺は、俺の家族と頑張る。

 セイン――またな。

【魂を紡ぐもの セイン】第一話『思慕のマテリア』(完)
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