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ヤヤカ・ヤカはウルダハの名家に生まれた。
血筋の源流は古代ベラフディアにあると言い伝えられている古い家系だ。現在の王家と近しいとも言われる。
一族で名を持たないララフェルたち、特に古い家系の者たちは、家名を家紋から付けることがある。ヤヤカの一族はブライトリリーを紋章にしていたため、その名をブライトリリー家と呼称していた。
ブライトリリー家は東ザナラーンを中心として広い土地を所有しており、それらの土地の転売・賃借や新たな土地の購入で財を成していた。
何不自由ない暮らしだったと、今ならば言える。
両親と兄とヤヤカのの四人家族。十ほど歳の離れた兄は早くから父に跡継ぎとして教育を受けており、その期待通りに才覚を発揮し始めていた。
それゆえ、ヤヤカは将来の夢を自由に語ることが許されていた。幼い頃から歴史に興味があるヤヤカが、歴史学者になりたいと語るのにも、両親は賛意を示してくれていた。
やがてヤヤカはウルダハでも有数の高等教育機関、『学究院』に進学し、そこで良好な成績を残した。
友人に恵まれ、無二の親友といえる少女とも巡り会えた。
だが。幸せな暮らしは、唐突に終わりを告げた。
――第七霊災である。
ヤヤカ自身は大きな身体的負傷をしなかったものの、兄と親友を亡くした。所有地の小作人たちを避難させていた兄はダラガブの爪の激突に巻き込まれ、親友――冒険者になっていた――はカルテノーで戦死したという。
大好きな兄と無二の親友を一度に失い、他にも多くの友人・知人が還らなかった。
それから五年。ぼろぼろの心のまま、ヤヤカは霊災を生き延びた。学究院時代に履修していた錬金術師として働くかたわら、学究院の講師として研究を続けることができた。
研究――ヤヤカの専門は第五星暦時代の伝説の魔法王国、マハの存在をあきらかにすることだった。マハの魔術師たちは霊災後、ザナラーンの砂漠でベラフディア王国を作り上げたという。であれば、ブライトリリーの家がベラフディアから続くというなら。自分とマハには、縁のようなものがあるのではないか。それがヤヤカがマハの研究に足を踏み入れるきっかけだった。
研究には費用がかかる。実学ではないヤヤカの研究に学究院は大した予算を出さず、ゆえに自力で費用を捻出しなければならなかった。
家は頼れなかった。
両親は。兄を失って以来、両親は。
働くことをしなくなった。
毎日のように遊んで暮らし、金が尽きれば土地を売った。もう、残り少ない所有地を。
霊災の影響は凄まじく、あちこちの地形を変貌させた。特に東ザナラーン、ブライトリリー家の所有地が多く存在していた場所は決定的な変化を遂げた。
今はバーニングウォールと呼ばれる場所、それがかつてのブライトリリー家の所有地だ。
霊災という誰にも補填を訴訟できない災害によって、ヤヤカの家は後継者と資産を一気に失った。
その衝撃に、両親は耐えられなかったのだろう。現実を直視できなくなった彼らは、ただひたすら逃避することを選んだ。
あんなに機知に富み優しかった両親が壊れていくのが、ヤヤカは悲しかった。そして、自分の存在が彼らの心を引き戻す舫(もやい)になれなかったことが、ひたすら哀しかった。
ヤヤカは必死に働いた。幸いに副業の錬金術はそれはそれで深淵で興味深く、ギルドの皆とも議論を交わすことができて楽しかった。
ヤヤカは必死に働いた。それを口実にして、両親とは会わなかった。見て見ぬ振りをした。ヤヤカもまた、壊れていく両親という現実を無視した。
そして。
ヤヤカの長年の夢が叶う時がきた。
かつてマハが存在したのでは、とヤヤカが考えている地――ヤフェーム湿地。そこへの現地調査が実現したのだ。
(2章へ続く)