レオフリックの一撃で絶命した男の足を引きずり夢想花の精製をしていただろう机の側においた。
そして辺の椅子やら机に適当に酒と灯りの油をまいていく。ここが全て燃えてしまえば、ここを撤収して別邸の警備は更に厳しくなる。強盗がきたくらいでとどめておくくらいしておかなければならない。
火を落とすと盗賊を巻き込んで火の手が広がっていく。鼻の奥に夢想花と肉の焼ける臭いが近づいてきたので、その辺に落ちていた布をレオフレックと人質にわたすとその場を離れた。
そのとき警備の二人は呑気にいびきをかいている。しばらくすれば洞窟からの煙にヒトが集まってくるだろう。人質だったおんなは、樽に入ってもらって来たときに使った荷台にのせて、貧民窟のひとけのないところに下ろした。
「この女性をしばらく匿う。コッファーあたりの給仕にでもしばらくはなってもらうよう手配しておけ」
待機していたレオフリックの部下がうなずくと、女性と闇に紛れてはなれていった。
「さて影武者してもらったやつがいなくなれば、あやしまれる。おれはねぐらに戻って一杯やるとする。おまえはどうする?」
「一応、状況をみとどけないとまずいだろう。勝手にやって失敗しましたってわけにはいかない。」、手を出すなという厳命にうっかり、、いや目の前の男に載せられて破ってしまったのだ。盗賊団には是が非でもここの警備を厳重にしてもらいたい。
「そりゃそうだな。とりあえず目立つのはまずいから、おれのテントからしばらくでるな。やつらの監視はこちらがやるから」
「ありがたい。ちなみにテントに酒も届けてくれるとなおありがたい。ここのテントがどういうことくらいしっているからな。」
ひとまずの成功を祝いために拳をあわせる。足を引きずり、照れくさそうにするこの男との戦場はたしかに悪くないのだろう。そしてそれをまだ夢見ている連中が多いのもうなずける。
その夜は、洞窟の周りで大騒ぎが起こった。水桶を抱えた盗賊団が洞窟へと駆け込んで行く姿はみものだったそうだ。そして翌朝には洞窟自体が封鎖され、入り口は厳重に警備されることになった。
「おまえがほしかった情報だ、こいつに書いておいた。一応、お前も現場は遠くからでも見ておいたほうがいいぞ。」
驚くほど達筆なそれは、この男が昨晩かいていた。部下からの情報やこの街の住民からそれとなく聞いた話をまとめたものだ。内容は的確で、別邸の警備の数が、現在はかなり減っていること。2交代制ではあるが、昼間よりも夜の警備が厚くなっていること。そして、敵の首魁の容貌など驚くほど緻密な内容だった。
「恩にきる、これで隊にもどれそうだし、この内容なら数日で彼奴等はこの世から消えてなく鳴るよ。」
「そこは頼んだ。俺たちができることはここまでだ。」
この男が銅刄団の中心にいたら、今とは違った組織になるのだろう。その手強さを思うとぞっとしたが、それが難しいことも容易に想像ができた。
「よし、じゃあまた。」長居するものでもないので、テントからでようとすると。
「ちょっと待て、頼みついでだ。こいつをフルパパに届けてくれ。たいしたものじゃないんだが、おれが持っていても仕方ないものでな。」
受け取るとズシリと思いそれは、ナイフよりも刃渡りが大きい短剣だった。ほとんど飾りらしい飾りもない鞘と握った手に受け継がれてきた重さをつたえていた。深くは聞くものではなさそうなので、それをしまう。レオフリックの部下のこわばる顔をみると、これを渡されるというのは感謝だけでうけとれるものではなさそうだった。
渡すものを渡すと、用事は住んだとばかりにこちらへ背を向け、屯所へと戻っていく。その背中を眺めながら、こいつを追っかけたい連中というのは多く、そして待つ辛さが思いやられた。この男を動かすとうのは本当に骨がおれるのだ。流民街を出ると、そのまま盗賊団の根城である別邸の周辺の地形や、人員、交代の様子の偵察を行い、集合場所である廃駅へと向かった。
到着すると、ミラ団長を中心として作戦会議が行われていた。
「来たか、こっちにきて報告しろ」
こちらを見つけると、すぐに呼ばれて報告をはじめた。顔ぶれは錚々たるもので、知っている顔が多い。
なかには、露骨に顔をむけていないものが一人「アヤカおるやないか・・・」。
あっちにいったりこっちにいったりで忘れていたが、ギルドに入ったらしい。まぁ、あの腕なら抜擢も納得である。
じつはアルディスもきているかと思っていたが、やっぱりいなかった。あいつはほんとにどこにいるんだ・・
「報告はわかった。一つ聞いていいか?流民街でボヤ騒ぎがあったらしいが、あれはお前か。」
まっすぐな視線の中に激怒の炎が宿っている。偵察は一人ではないと言っていたではないか、調子にのって、載せられてしまった結果がいまだ。
「おまえの仕業か。おおかたあのもと連隊長に載せられたか。別邸の警備が減ったことは悪くはないが、しかし一つ間違えば敵の首魁の逃亡、別邸に全戦力をおびき寄せることにもなった。」
どうみても勇み足だった、それは覚悟はしていたが、敵が盗賊であった油断もあった。
「もし敵の首魁が流民街にいたら、お前はどうなっていた。むざむざ死ににいったようなものだ。」
レオフリックはその可能性にも言っていたが、深くは考えなかったし、お互い勢いにのせあったのだ。たまたま旨くいっていたことに改めて気付かされた。
「申し訳ありませんでした」。絞り出すように謝罪のことばを口から出すのがやっとだった。
「明日、別邸への攻撃からお前は外す。ギルドに戻り頭を冷やしてこい」
その言葉は言い訳を一切許さないものだった。しかし製錬所の焦点のさだまらない、女の顔と洞窟の端で眠り続けるヒト達の顔を思い出していた。命令に逆らうことへの罪悪感とやるべきことをやって何が問題なのかという思いが混ざり、何かを考えることなどできなかった。
いつごろからだろか、この流れを幸運だと思えなくなっていたのは、そして流民街の連中が気になり始めたのは。会議の席からでると、そのままフルパパのもとへと向かうことにした。懐の護身刀がやけに重く感じた。その後、別邸への強襲は成功し、サー・キヴロンが討ち取られたときいた。盗賊団は解体され、流民街のソムヌス香精製工場は時を同じくして動いた銅刄団の手で壊滅したということだ。
「この護身刀は、ローズ連隊の連隊長が代々受け継いできたものでは!これを私に託されたということ・・・」
どうやらレオフリックの思いは彼に引き継がれていくようだった。すべてが収まるべきところに収まった。自分だけが収まる場所を見つけられていない。
感極まったフルパパの前を通り過ぎ、エーテルライト越しに空を眺めていた。足元からの声が煩く、暑さがますようだった。