本日記は「FINAL FANTASY XIV パッチ5.0 漆黒の反逆者」までの盛大なネタバレを含みます。
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素人の二次創作小説です。
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「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ」
オサード小大陸、ドマから遥か離れた海沿いの、ふらりと立ち寄った宿場町にて聞こえた声に「それは戦場(いくさば)で用いる名乗りの前口上であろう」とゴウセツは吹き出しそうになった。素通りするのもと思い、どれどれと、その抜き出た頭を人垣からひょいと出し、つるりと丸めた頭の上に乗せた三度笠をくいと上げて覗いた。なにやら歌舞伎者が人を呼んで集めているらしい。
(ガマの油売りか)
そう思い見やると、二人組の男が語りを始めるところであった。
一方の男はドマ風の衣を纏ってはいるが、いかにもな歌舞伎者といった様相で、下品な羽飾りや珠などの意匠が至る所に散りばめられている。
もう一方の男は、この辺りで見慣れない異国風である。ゴツセツのよく知る、西州、つまりはエオルゼア風の、紅の鎧姿であった。
なんとも奇天烈な組合せではないかと思っていると、ドマ風の男が大音声をあげた。
「やあやあ我こそは、ここから遥か離れた大国ドマの当主、ヒエン・リジンである。貴殿らも知っての通り、先だってガレマール帝国を討ち果たし、我らの祖国を取り戻した!しかしまだかの帝国の脅威は去っておらぬ!そこで帝国の様子を見聞すべく、この紅の武士(もののふ)と諸国を見回っている次第でござる。」
男はそう言って、隣で侍ていた男に目線を送った。
すると西州風の男は腰に吊るした異国風の剣を抜刀し、高く掲げてこう言った。
「我こそは悪辣の限りを尽くした帝国人ゼノス・イェー・ガルヴァスを打ち破りし、紅の武士である!
帝国の毒牙から貴殿らを護るべく、こうしてヒエン殿と救済の旅に出ている次第である!先ほども、この町を襲わんとする帝国の密偵をこの剣で叩き伏せて来たばかり故、皆々安心するように!」
聴衆は、自らの町に迫っていた危機に響めき、さらにその脅威が、悪名高きゼノスを討ち取ったというこの男によって取り除かれたことに安堵した。
「しかしだ、その戦いの中、当面の路銀の入った財布をうっかり川に流してしもうた。誠に申し訳ないが、誰か一飯恵んでは下さらぬか。」
高名かつ腕利きの男たちからの頼みである。町人たちは喜んで「うちの宿へ」「いやいや、うちの店で食事を」と歓迎しており、どちらがこの旅人をもてなすか言い争いが始まったのであった。
(いやはやこれは)
そう思っていたのはゴウセツだけであった。
(ともすれば、あれで若様と、かの御仁のつもりか)
よく見れば、男共はいずれも武士にしては腹が出ていたり、ひょろりと痩せており、件の両人と比ぶれば、なんともまあ頼りないことこの上ない。刀の握られなくなった今のゴウセツの張り手ひとつでさえ吹き飛びそうな輩である。
ひと昔のゴウセツであれば、大喝してから正にそのようにしたであろう。
(しかしまぁ、食いに困った輩が、若様やかの御仁の名を借りて腹が満たされるのであれば、御両人も笑って許されることであろうよ)
と、今はそう思えるのである。
果たしてそれは頭を丸めた故か、あるいはまた別の所以か。
そうこうしている間にも、男たちはこれまでの冒険譚を愉快そうに身振り手振りを加えて語っていた。
(しかしだ。)
彼らの語る冒険譚は誇張もあれば辻褄の合わぬこともあった。ドマや、件の英雄殿、暁の者達の名が上がるのはよい。そのおこぼれにこの男共が預かるのも異論ない。だが、それは真実のうえにおいてであり、嘘や吹聴で誇張されてはならぬとゴウセツは思った。
(はて、如何するか)
そう考えていると、ふと妙案を思いついた。
その妙案というのがこれまた、かの御仁や暁の一行が考えつきそうなものであったがため、ゴツセツは思わず声を上げて笑った。
その笑い声があまりに大きく、人々はもちろん、歌舞伎者達でさえ何事かとゴウセツを見張った。
「な、なにがおかしいか、そこの坊主や。」
ヒエンを名乗る男が、自らの嘘がバレたかと思ったのか、震える声でゴウセツを咎めた。
しかし、当のゴウセツはそんな様子を気にするそぶりもなくかぶりを振り、ヒエンを名乗る男に歩み寄って三度笠を脇に置くと、膝をついて頭を下げた。
「若様、お久しゅうございまする。
某、長年若様にお仕えしておりました、名をゴウセツと呼びまする。先だってのドマ奪還の折も轡を並べたこと、つい昨日のように感じまする。
あの後、若様のお許しをいただき、こうして頭を丸めて諸國漫遊をしておりましたが、まさかこうしてお会いできるとは思いませなんだ。」
頭を下げたまま、ここまで言い切った。
男の顔は見えぬが、狼狽している様子が気配で分かる。
ゴウセツは続ける。
「若様のお話を聞き及び、恐れながら拙者も祖国奪還の昔話を語りとうございまするが、よろしいか。」
男達にとっては、驚きの提案である。
素性を騙っていた相手の知己が現れて慌てていたら、その男は自分たちを勘違いをしたまま昔話をするのだとういう。男達にとっては、自分達の素性がバレなければよいのだから、ここは「うむ」と返すより他ない。
さすれば、とゴウセツは正座のまま起用に大衆に向き直る。
「ことの始まりは、ドマの危機に際し、先に送り届けた女人の忍びを訪ね、拙者が西州に小船ひとつででたどり着いた時のことにござる。」
それからゴウセツが語る話は、ゼノスに敗北を喫した冒険者、つまりは彼らがいうところの「紅の武士」が東方に渡り、ゴウセツを再び訪ね、ヒエンを探し、アジムステップでの大合戦を経た後に、ドマを奪還する大冒険活劇であった。
長い話であった。その間にも人々は自らの店から酒や買い物を持ち寄って売り始めたため、ちょっとした演劇のようであった。件の歌舞伎者達も、居心地悪そうに町人から酒を注がれている。
話し合えると、大衆から大喝采が上がった。どんちゃん騒ぎである。ゴウセツは口下手ではあるが、その情熱あふれる語り口は聞くものをまるで合戦の場にいるようにさえ錯覚させたのだった。
(さて、歌舞伎者達も腹も膨れたであろうから、この騒ぎのうちに姿を消し、次からは拙者の語ったことを真似てくれればよいが)
そう思っていると、歌舞伎者の男達がゴウセツの目の前に、頭を地面に擦れんばかりについて現れたのである。
「お坊さま!いや、お侍様!どうか、どうかわしらのことは許してくだせえ!」
ゴウセツも大衆も、口を開けて驚いた。
聞けば、ヒエンを名乗る男は物書きで、紅の武士は演者だという。
物書きの収入がなくなり、食うに困った物書きの男は、ひんがしの国で聞き及んだドマ国の話を冒険活劇にしようと試しに人に聞かせたところ、これがたいそうウケが良く少しばかりの銭も入った。これは金になるとふんだ男は、演者であった友人に声をかけ、その友人と共に語り部をするうちに調子に乗り本物を名乗るようになったとのことだ。
根が正直な男達だ、とゴウセツは思った。
しかし、騙された町人達はカンカンである。飲み食いしただけの代を返せと、今にも男達に殴りかかりそうな勢いだった。
しかし、これを止めたのがゴウセツであった。
この男達も、今日はなにもそこまで大きな盗みをしたわけでなし。皆と同様、ただ振る舞われた酒をちびりと飲んだまでのこと。ならばここは拙者の顔に免じて、楽しく笑って終わろうではないか、と。
それでも、今一つ納得いかない町人達と歌舞伎者達の間で幾ばくかの沈黙が流れた。
すると、ひとりの童がこう呟いた。
「おいら、その紅の武士様が、なんでそんなに腕っ節が強えのか知りてえな」
ゴウセツはパッと顔を明るくした。
「おうさ、童よ。紅の武士殿、いやつまりは紅蓮の解放者と皆は呼ぶのだが、件の御仁は腕っ節だけでなく、その心までもが強いのだ。」
「心までも強い?」
「左様。それを語るには紅蓮の解放者殿が如何様に冒険者となり、西州で英雄と呼ばれるようになったかを語る必要があるのだが…ゴホン、先ほどよりも、話は長くなるが仔細ないか。」
ゴウセツの問いかけに、断る理由がない大衆は皆首を縦に振った。それならばと、物書きを名乗る男にも言い聞かせる。
「では貴殿らもよくよく聞くがよい。
偽物を騙るのは憚られるが、若様や御仁の活躍を皆に伝うのは大いに結構。御両名も、その程度のことならばと笑って許されるであろうよ。」
そう言うと、男達は大いに感謝をした。
ゴウセツは、聞き及んだ話も交えて、英雄の話をした。
一介の冒険者が皆の助けに応え、ついには英雄となった話である。エオルゼア同盟と共に帝国を退けた戦いは、皆手に汗を握って聞いた。自らの使命を悟って花弁のように散っていった才女の覚悟に心震えた。謀られて国を追われたときは、皆が冒険者の行く末を案じた。盟友が命を賭して冒険者を守ったときは、その騎士の精神に皆が感涙した。冒険者の行く道を拓くべく、その身を捧げた氷の巫女に心打たれた。冒険者が皇都の危機に聖竜にまたがり舞い降りたときには、その日一番の拍手喝采が起きた。師の想いを受け継ぎ、相棒を守るために全てを尽くした男の最期を、固唾を飲んで聞いた。幾度も敗れたゼノス・イェー・ガルヴァスをアラミゴで討ち果たした戦いには、声も出ぬほどに呆気にとられた。
そして、非業な死を遂げたひとりの女と、遺された老人に、皆が咽び泣いた。
大冒険譚、と言う表現では足りぬほどの軌跡である。
「お侍様、わしは、今聞いた話をいつか書き上げる。
お侍様が知り得なかったことを調べて、調べて、調べ尽くして、いつかきっと書き上げる。それがわしの宿命じゃ。」
物書きの男は涙ながらにそう語った。
ゴウセツはただただ微笑みながらうなづいた。
あの人は、記録されるのを嫌うだろうか。
いや、かの御仁が生きた証というのは、太陽の周りで瞬いた綺羅星も写すことに他ならない。自分だけでなく、周りの人間の生きた証が残されるのを、あの人は喜ぶだろう。
そう思い巡らせたときにふとゴウセツの胸に去来したのは、やはりヨツユのことであった。
かの女人のような悲しい運命を背負う人を、これ以上増やしてはならぬと、人々が慮ってくれればそれでよいと、彼の胸に宿るのはただその想いだけであった。
◇◇◇
「…紅蓮ノ解放者大冒険奇譚…?」
見慣れない形の古びた冊子を手に取って、男は付箋に貼られた、タイトルらしき名前を読んだ。
それもこれも、冊子自体に書かれた文字はエオルゼア文字とはだいぶ異なる文字だからだ。メモによると「クガネ文字」というらしく、男には読むことができない。他にも、冊子にはおびただしい量の付箋やメモが挟んである。
「あぁ、そいつはこっちの"蒼天のイシュガルド"と同じく、あの人の軌跡を綴った東宝の書物だよ。両方とも、ある程度のことは書いてあるが、こっちはイシュガルド、そっちは東方の活躍をメインに詳しく記録されている。」
尋ねられた大柄の男は、片手に持った革表紙の厚手の本を示しながら言った。その表紙にはドラゴンらしき意匠が施されている。
「東方って……あんた、ほんとどこまで行ったんだよ…」
挟んであるメモを見れば、紅玉海でヌシを釣っただとか、アジムステップで部族の祭り(部族名だろうか、小さく"ブドゥガはいいぞ"、"うぺぺ"などの謎のメモがある)に参加しただとかが書いてある。
これまでも様々な資料を読み解いてきたが、相変わらずこの資料を見ても、なんとまぁ忙しく過ごしていたようだ。
このバイタリティは呆れる他ない。
「そういう割に、やっぱり嬉しそうじゃないか。英雄ヲタクさんよ。」
「誰が英雄ヲタクだっての!」
そう言って男は顔を赤らめるが、その尻尾の動きが活発なことからして男が嬉しそうなのは、誰の目からも明らかだった。