あーもームカムカする。怒りしかわかない、あんなもん。
ムダに歳ばっか喰ってるただの頑固老人だ、あん人は。いや、竜か。
「はあ、そうですか。それが竜族の価値観で、あなたがたの総意なのですね、諦めます」
・・・などとはとても言えない。余程持っていた斧でドツキ回してやりたかった。
多分アレは、自分より大きなものを見たことも、
自分の非力さも悲しみも味わったことのない(又はボケて忘れ去っている)、
それでいて「肉親の愛情」をも失念してる傲慢のたぐいだ。
そもそも彼ら竜族に愛って価値観がないのかも知れないが・・・
無いとしたら悲しいというしかないが、それでもなおその無理解は軽蔑する。
・・・いや無いはずないでしょうが、シヴァへの愛を口にしながら、
どの口が「愚か」と言うかこのスットコドッコイ。
山の麓で子を為し卵を温め、幸せに暮らしている竜の母子たちとは偉い違いだ。
虚妄蒙昧に囚われている「伝説の竜」より、彼ら親子のほうが余程尊敬できるわ。
大きな世界、悠久の長き時の流れに比べれば、
いっとき起こった事は「些細」とは言わないが「事実」に過ぎない。
怨念の歴史があるのは解る。「永遠に苦しませ続ける」だと?
人に対して「愚か」と罵るが、
自分自身の姿も見えちゃいない愚か者に言われたくない。
「人と竜では時間の尺度が違う云々」も逃げでしかない。
立場の差異を理解しようともしない、己の器の小ささを露わにしているだけ。
他人の信仰を笑うな。「願い」はかけがえのないもので、真実に限りなく近い。
事実は事実であって真実とイコールではない。
狭苦しい「自分たちに都合の良い事実」だけを見て何かを壊そうとする、
それは己の足を喰らうが如き愚行だ。
自分たちの見たものだけが全てだ、というのは思い込み、思い上がりだ。
すべてを見通すのは、想像上の神にしか出来ない事よ。
語る者それぞれに、都合のいい事実だけが選ばれて語られるのが「歴史」であり、
「自分たちの見えた範囲の事実の堆積」如きに正解も真実も無い。
万物はただそこに存在し、ただ懸命に生きたいと思う命の願い、
その「安寧たれ」の願いの存在こそが真実と言える。
いっとき起こった事は「些細」とは言わないが「事実」に過ぎない。
自分自身の存在もまた、環境と無数のいのちに生かされているちっぽけなものに過ぎない。
ならば、その時に生きるすべての命よ安らかなれ、と願う。
それが育まれたことに報いる感謝と謙虚、つまり正しさに近い価値観と言えるだろう、
そう私は信じるものである。
愛を解し、長い時を生きた強きものならば、
そのくらいのことに理解が至らないのはそれこそ理解に苦しむ。
理解してないのではなく、目が曇って見ないようにしてるだけかもしれんが。
あの老人の愚痴で耳を汚された気分だ。
相手が理解できないのなら、棲み分けが出来ないのなら、図々しく領分に入ってくるな。
自分の無理解を他人に押し付ける奴はクソがつくほど大嫌いだ。
ましてや実力行使でそれを行おうとするなら、断固「静寂」にお帰り願う。力づくでもだ。