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Kaz Sunligt

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マヌケな勇者の小話:最終回「勇者の一日」

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※このシリーズは酒場の勇者の冒険譚(自称実話)を集めたものです。

マヌケな勇者の小話
X:勇者の一日


朝食を終えた勇者は、酒場の裏庭に出た。
そしておもむろに、野生(?)の花をむしった。
それを酒場の包装紙を拝借して束に包む。
白地に金線の大人しい紙は使い勝手が良かった。
小ぶりな束が整うと足早に店を出た。
起こされるより先に。
勇者の朝は早いのだ。日曜日だけ。


日曜は多くの店が休む。
なので市場はいつもよりは静か、
というわけでもなく。
結局、社交場になるので人は多い。
行き先は決まっている。
花屋だ。花屋の看板娘の元だ。
そこへ花を持っていくというのは、なんとも奇妙だ。
看板娘は、今日も会話の中心だ。
表情は素朴なのだが、人の話をよく聞く娘だ。
勇者は会話に無理矢理わりこむ。
「おお、今日も人気者は忙しいのだな!」
輪の中の面々は、今日も来たかと平たく笑う。
「そうだこれを…、そうだな、母上へ、だ!」
花の束を押し付ける。
「その娘のお母さん、今週は旅行よ。」
1人がからかう。
「では、お婆様へ。」
今度は看板娘が戸惑う。
「お婆さんは、隣町に…。」
「では…ではお父上へ…。」
父親はどんな顔をするだろうか。


この街には猫が多い。
無論、困る人は大いに困るだろう。
しかし、豊かさとはこういう所に表れるかもしれない。
路地裏で勇者は、鳥のもも肉を薄くスライスしていた。
猫たちが集まってくる。
この鶏肉、本当は何になるはずだったのか。
そのころ酒場では、苛立った表情の女将が、
鯖の缶詰で早めの昼食をとっていた。


「では、勇者ランチを頼む。」
堂々と勇者が注文をする。
そんなものメニューには載っていない。
「今日のランチは、ハンバーグセットね!」
店主が優しく応える。
「うむ、それを!」
よくわからない手付きで食事を進める勇者。
隣の席では、旅人風の男が、
これもランチセットを食べていた。
ちょっと、鬱陶しそうに。でも仕方ないか。
食事を終えると勇者は、まっすぐ店を出ていった。
旅人はそれを見、店主に何か言いかけた。
穏やかな笑顔で、店主は首を横に振った。
「この店はね、勇者様ご用達なのよ。」


今日は天気が良い。
あんまりばかみたいに空を見ていたので。
勇者は暴れ牛が突っ込んで来る事に気づかなかった。
目覚めたとき、こちらを覗いていたのはグレース婆だった。
「勇者さんは、今日も賑やかだね。」
婆はにやりと笑う。
「いてて…。そうだ、小麦粉か!」
「そうよ、今日も小麦粉よ。」
共に市場へ行き、
泣き言を言いながら、大袋の小麦粉を運んだ。
婆は大家族のパンを焼くのだ。
帰り着くとグレース婆はいつものように、
チョコレートを1枚と、
たっぷり箱詰めした手製のクッキーをくれた。


街には公園が3つある。
そのうちのやや小ぶりな公園へ、
勇者はチョコレートを齧りながら歩いた。
ごくごく平和な街だが、やはり貧富の差はある。
子供たちは無垢で純粋だ。
それでも、家庭の格差は多くのズレを生む。
自然と、公園は棲み分けがされていた。
屋根のあるテーブルの上で、
勇者はおもむろにクッキーの包みを解く。
フタを開けると、
バターの香りが周囲に豊かに広がった。

子どもたちが列を作って手を洗い始める。
「グレース婆ちゃんのクッキーだ!」
いくらか大きめに焼かれた、明るい色をしたクッキー。
それよりもずっと明るい表情で、子供たちが囲む。
そして勇者はうさんくさい冒険譚を語るのだった。


「勇者のお兄さん、もう帰る時間だよ!」
子供に揺さぶられて目を覚ました。
帰って、支度して、夜の勇者酒場のネタを考えなければ。

夕食を済ませ、自室へ。いつもの曲をかける。
ベッドの上に横になる。
いつかのアイディアが。
今日のひらめきが。
そして、遠い時代の冒険が。
脳裏を流れていく。
新しい人々が、こちらにそれぞれの表情を見せる。
未知の風景が、心を揺さぶる。
紙上をペンが巡り、
そして勇者は、夜を迎える。


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